絶景のなかで意気揚々とバイクを走らして(トルコ旅2012その3)

絶景のなかで意気揚々とバイクを走らして(トルコ旅2012その3)

パスポートが見つかり、意気揚々と懲りずにバイクを借りた僕は、時速100キロでトルコの大地を疾走する。風を全身に受ける。眼前にはカッパドキアの果てしない光景が広がる。気分は高揚する。

ギョレメから北に約10km、あっという間にアヴァノスという隣町へ辿り着く、丘らしきものがあったので上へ上へと登りつめて、後ろを振り返る。

カラカラと晴れた空の下にカッパドキアの大地が広がっている、思わず両手を空に突き上げて背伸びをしたくなるような、そんな素晴らしい日。まさしく意気揚々と形容するのにふさわしい面持ちで僕は景色に対峙する。

その丘の頂上にぽつんとひとつ家が建っていたのだけれど、そんな素晴らしいロケーションで写真のおばちゃんたちが暮らしていた。彼女たちにとってはきっとその光景は日常で、いつものようにきっと昼下がりにこうして家の前の木陰で家事の合間を縫って雑談でもしているのだろう、眼前に広がるこの変わらぬ絶景を確認しながら。まったくもって豊かな生活だと僕はすこし羨んでしまう。

しかしそこへ訪れた僕はきっと彼女らにとっては日常のなかのノイズのようなものだったんだろう、彼女らに話しかけても温度差を感じて、勝手に写真もパシパシ撮ってたけれど、奥のおばあちゃんなんか見向きもしない。もしかしたらこれまでもきっといやというほどのたくさんの僕と同じような観光客がこうしてどかどかと彼女らの優雅な昼下がりを邪魔しにきて、彼女はいつしか金輪際僕のような優雅な昼下がりへの闖入者は無視をする、と決め込んだのかもしれない。僕らはこうして旅をする以上いつだって闖入者であり傍観者にしかなれないのだ、と寂しいことを思ってしまう。寂しいけれどそれは紛れもなく事実だ、と旅を通してことあるごとに感じた。だけど傍観者もそんなに悪いもんじゃない。

アヴァノスは陶芸で有名な街らしい。トルコでも名産の陶芸の地で、そこら中に工房があると聞いていた。しかしながら、一通りアヴァノスの街でバイクを走らせたのだけれど工房なんて一個も見つからない。トルコ人ファミリーがバーベキューをしていたところに闖入して肉をいくつか頂いたところで僕はある種の満足を感じて帰路についた。

するとその途中で予想外にも工房らしきものを見つけて、早速中へと入ってみた。

すごい。あ、まさにここだ、探していたの、と思ってしまうくらい、すごい。こういう感じで陶芸品が所狭しと並んでいる。カッパドキアらしく建物は洞窟のなかにつくられていて、中は迷路のようになっている。そこらを歩くだけで愉しい。

さらに団体客の一群に紛れて講習みたいなのも受けた。写真の彼女もなかなか笑顔が素敵だった。団体客と一緒にタダでチャイも貰った。2杯も貰った。いつものように角砂糖を二個ぽとんと落とす、体の中にチャイの渋みと甘みが広がる。わるくないです、まったく悪くない。名前も忘れてしまったけれどここはおすすめです。アヴァノスはやっぱり陶芸の街みたいだ、疑ってごめんよ。

それからアヴァノスで行っておくべきなのは、日本のガイドブックとかではぜんぜん乗ってないしあまり有名ではないのだけれど、風の噂でききつけた「ヘア・ミュージアム」。なんでも変態陶芸家である店主が、当時の彼女にフられたことがきっかけで女の人を髪の毛を30年前から集め始めそれをすべて展示している恐ろしい場所があるという。

途中で軽い事故を起こしながらも町の人に場所をきいて回ってついに見つけた。

さて、詳しいことは中が写真撮影禁止になっていたこともあって、こちらのまとめ記事(天井から女人の髪の毛がワサワサと・・・陶器屋の主人が趣味で始めたトルコ・カッパドギアの「ヘア・ミュージアム」 )をお読みになったほうがいいと思います。1万6000人の髪の毛だって。僕が一体何人分の髪の毛なんだ、きいたら「わかんない」っていってたけど。

しいて感想をいうとすれば、意外と良い匂いした。薄気味悪さももちろんあったのだけど、良い匂いしたからなんかやたら落ち着いてしまって。これはシャンプーとかの匂いなのだろうか、わからないけれど、なかなか居心地はよくはないけど悪くもない空間、人間風変わりな趣味でも突き詰めればギネスブックに乗れるんですね。きわめて教訓的である。

女性の方でカッパドキアを訪れるかたはぜひアヴァノスのヘア・ミュージアムまで足を運んで髪の毛を献上してあげてください。きっと変態店主もよろこぶ。

アヴァノスを後にして、いまだに意気揚々として、だだっ広い、だだっ長い道路を飛ばす。もうだってそう形容せざるをえないんだもん。だだっ長い。今度はいつの間にかギョレメの東に位置するネヴシェヒルというすこし大きな街に向かっていた。

“NEVSHEHIR UNVIERSITY”という看板を目にし、ふうむ大学かあ、ちょっとだけ見てみようと思いたって脇道に入る。しばらく走っていたらゲートのところで警備員らしき制服をきたオッサンが立っていて止められる。職質的ノリで。「いや、ちょっと見に来ただけなんだけど…」と説明するも彼には英語が伝わらず、不審な目をしていた。

ウーン、ちょっとそろそろお暇せねばな〜と思っていたら徐に彼が後部座席に乗り込んでニケツを始める。「!?、なになにどういうこと」状態だったけれど、彼はある方角を指差してあっちへ行け、と(たぶん)言っていたのでおとなしく従う。従わざるをえない。

建物の前で止められて、なかば連行されるように、僕そんな不審者だったっけ、と自省し始めていた辺りでとある事務所のような部屋に放り込まれる。なかにいるのはにこやかな中年のスタッフたち。たぶんどうやら危ない目には遭わないらしいと胸を撫で下ろすのも束の間、次の瞬間には矢継ぎ早に質問を受けていた。

「どこから来たの?」「なにしてるの?」「なんで来たの?」「どう回ってきたの?」「あなた学生?」から始まり、どうしてあなたたちは僕にそんな興味が湧くんですか、というくらいまで細やかな質問までされた。陽気なオッサンは日本語をインターネットで調べて得意げにいろいろな単語を発音している。僕は渋々笑ってあげる。

「あの、ところで、ここは何ですか?」やっとこちらから質問できた、どうやらここはINTERNATIONAL OFFICEらしい。やっと合点がいく。なるほど。それからこのネヴシェヒル大学についての質問をいろいろと投げかけて、へえ、ふむ、比較的新しい大学で日本人の学生はいないが日本語を勉強している学生が結構いるらしい。日本語の教授を紹介してくれたので後ほどそちらにいってみたけれど、残念ながら会うことはできなかった。

それにしてもモダンな建物です。

そのあとこれまたカッパドキアの有名な観光スポットである三枚岩、なんてのも行った。女の子、望遠鏡に手が届かない画。なかなか可愛い。

女の店員さんが美人だったのでポンチョを買った。知り合いの日本人の間で「俺の顔に似合うポンチョを持ってこい」と彼女に言うのがはやっていたので僕も便乗して彼女に言った、ら結構冷静に返された。日本人の方はギョレメにある彼女の店にいってぜひ「俺の顔に似合うポンチョを持ってこい」と言うといいかもしれません。既に日本人が5人くらい挑戦しているのできっとこのまま続ければ彼女の日本人像が偏見で歪むはず(悪い微笑み)。

イスタンブールに比べればましなものの、観光地なので比較的物価が高いギョレメの街で食費をいかに抑えるかということが命題であって。
どのガイドブックやら情報を漁ってもレストランなんかよりも「ロカンタ」と呼ばれるトルコの土着的な大衆食堂に行くべきだ、という旨のことが書いてある。そのほうが安くて旨いらしい。

ギョレメの街でロカンタ、ロカンタ、と数日かけて歩いて探して通っていたなかですごく良い場所を見つけてしまって。

SARAY LOKAL FOODっていうロカンタなんだけれども、実際のところ現地のトルコ人はあまり使っておらず外国人ばかりではあるけれど、店から漂うおいしそうなにおいに誘われて店を入ったところ陽気なお兄さんたちが厨房を回していて、「アーこれがロカンタかー!」ってギョレメの街でも比較的なりやすい感じのいいお店だと思います。

とりあえずこのムサカが旨すぎて僕はそれこそ毎晩のように「ムサカが食いたい」ってなっておりましてしょっちゅうこの店に通ってムサカを頂いていた。簡単にいうとナスのトマト煮込みで、それ以上でもそれ以下でもないのだけれども、エキメッキのパンと相性が素晴らしく食がすすむすすむ。ギリシャがムサカは本家らしいのだけどトルコでもここに限らずいろんなところで「ムサカないの?」って聞きまくってムサカを頂きまくっていました。そのなかでもここのムサカ、今思い出してもやっぱりおいしかった、なんの仕掛けもないのだけれど。

しかし面白かったのが通っていたらばここのお茶目な店員の兄ちゃんが「注文する前にひとつやってほしいことがある、じゃなきゃ出ていけ」とか言い出して。「メッカの方向に向かってお祈りしろ!」とかいって目を閉じて2人並んでイスラムのアッラーに感謝することになって。
兄ちゃんも完全にふざけていたんだけど、その光景を見て他の店員が爆笑しているっていう、何というかそれでいいの?ネタにしちゃっていいの?って。あくまでイスラム国家だと思っていたのだけれど、ギョレメではすくなくとも日中所定の時間でもメッカの方向に外でお祈りしているひとなんてひとりも見なかったし、女の人もけっこう露出したりもしているし、「イスラムを見たい」というのもトルコに赴いた理由のひとつだったのにも拘らず、結構ネタにできるくらいのレベルらしい。彼らがお茶目すぎたのかもしれないけれど、あまりイスラムそのものを生活から感じなかった。のちにモスクとかいってきちんとイスラムを体感もするのだけれども。

トルコの大地に降り立ってすぐさま先輩に呼び出されカッパドキアにやってくる、多くの日本人観光客が1日2日で後にする街でいろいろあってあーだこーだグダグダしていたらばいつの間にか1週間が過ぎ、10日が経とうとしていた。たしか1ヶ月の旅だったのだけれどな。おかしい。

最初はこの旅でトルコの隣に位置するイラン、あるいはグルジアのほうまで足を伸ばせたら伸ばそうかとも思っていたのだけれど、カッパドキアに10日も居た時点でようやく時間がぜんぜん足りない、と自覚。パスポートなくしていた時点で国境越えるのは再発行してから、と手続きが面倒くさいので半ば諦めていた。

ただいまとなってはやはり諦めてよかった、と思う。なるべくいろんなところが観たい、いろんな国に行きたい、とどうしても思ってしまうけれど、訪れる場所が多くなればなるほど必然的に慌ただしくなってひとつあたりの場所にかけられる時間がすくなくなってしまう。それは結果的に、その場所でもうすこし長くいれば見えていたかもしれない何か、1日2日ではよくわからないようななにかを見過ごして、上辺だけさらーっと触った内容の乏しい旅になるかもしれない危険を秘めている。いくら観光するところがなかったとしても、1日2日で十分な街なんてこの世には存在しないと思う。ましてや1ヶ月いたって十分ではないことだって多々あるだろう、ただその街への理解度で比べれば後者のほうが圧倒的に高いとおもうんだ。

または単純に性急にせかせかとパッキングして、というよりある程度ゆっくりしていられたほうがいいとも思う。せっかくここは日本ではなくて、いつものしがらみから逃避できているのに。

以前インドで会ったひとに、「まだ若いのだから時間はこれからたくさんあるし、今回○○いけなかったとしてもあんまり焦らずにまたくればいいじゃない!」というふうに言われたことがある。いや時間そんなないけどなあと内心ですこしの反駁しつつも、あるいは最もなことかもしれない、といまなら思っている。行けなかったところは、いつかまたくればいい。時間があるかは分からないけれど、それよりも眼前の旅で満足しきるまで満足し尽くした方がいい。もともと世界中すべての場所を見て回るなんて無理な話なんだ。たった数ヶ月で世界何カ国も旅しました、なんてぜんぜん羨ましくない。1ヶ月だけだけれど、その1ヶ月間はトルコという大きな大地を一部だっていい、そのとき目の前にいて足を下ろしている場所を心ゆくまで楽しもう、そう思えるようになっていた。

さて次の記事は、すこし時系列を省略するなり変更して、トルコで羊飼いに弟子入りした話でも書こうとおもいます。「忘れられない思い出」とひとはしばしば何か心を揺り動かされた出来事に対しそう形容しつつも忘れていくけれど、きっとこれは正真正銘の「忘れられない思い出」なはずだ、たぶん。願わくばそうであってほしい、「忘れたくない思い出」を。

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