シトロエンの車がダサカッコいい話など

シトロエンの車がダサカッコいい話などDSC_1629いつぞやか自転車を買った。エクスアンプロヴァンスの中央通りからすこし北に位置する、足下がおぼつかない上に、手が震えすぎて最早ネジをはめるのさえかなり時間がかかる愛すべき爺さんが仕切る中古の自転車屋で、60ユーロ。写真だとすこしカッチョよく写っているけれど、ちかくで見るとやはり中古の自転車感があって(いや実際にそうなんだけど)、いつ壊れるかわからない危うさを兼ね備えている。右ハンドルのブレーキをすると、タイヤと擦れてけたたましい音が鳴り響く。「何かブレーキするときにやたら異音がするんだけど…」と爺さんのところへ言いにいったら「この自転車にはクラクションがないだろう?このブレーキ音がクラクション代わりになるから問題なしさ」と顔いっぱいに素晴らしき笑顔を湛えて言うものだから、何だか納得してしまった。愛せる。買ってから1週間で1度目のパンクを経て、3週目には2度目のパンク。ウーンまあ、ギリ愛せる…。

その危うさが売りの自転車に跨がり、僕はふらふらとエクスアンプロヴァンスの街を行き来しているわけですが(寮から大学までが微妙に遠い)、それにしてもチャリダーの肩身は狭い。そもそもあまり自転車に乗っている人間をこちらで見ない。それがフランス全土にわたる傾向なのか(たとえばお隣の隣のオランダなんかは、自転車大国として有名である)、このエクスアンプロヴァンスの特性なのかはわからない。後者だとしたら、たぶん坂が多いせいなのと、そして中心部は非常に自転車は不利だからだろうか。

というのも道路が狭い上に、徒歩による通行人の往来もかなりあって、また至る所に車が路駐されている上に、車の往来が尋常じゃないくらい多いからでございます。ほんとうにこの車の多さにいつも辟易している。お前らもうちょっと技術に頼るのでなく身体を動かしなさいと叱責したくなるくらいは。ただしどこかに車に乗りたいという羨望も持っているのだけれど(国際免許もいちおう持ってるから可能なことは可能なのだけど、果たしてその日は来るのやら)。

で、その車についてのお話をすこしします。

シトロエンDSが格好いいと思ったのはいつごろだろう。あるときなにかの拍子にその写真をみて、それまで車なんてほとんど興味がなかったけれども、きゅうにその車は好きになった。シトロエンDS。いつ見てもほれぼれする、あのキュートかつクールなフォルムと渋いカラーリング。!

前方はすこし膨んでいて重心があり、後方にかけて流線を描いて収束してゆく、美しい曲線美。…などと僕のすくない語彙でシトロエンDSのクールさを表現しようと試みましたが、日本語版Wikipediaを見てみたら熱心な編集者がいたようで、本家フランス語版以上のボリュームになっている。スタイリングの章でデザインについて流麗な日本語でしっかりと説明がされている。DSはフラミニオ・ベルトーニというシトロエン社のデザイナーが設計したらしい。彼はもともとは彫刻家であったとか。才能ある芸術家をデザイナーとして雇って、当時「宇宙船」とまで呼ばれた突飛なデザインの車を大々的に売り出すシトロエンの懐の深さ……なるほど……(シトロエンにまつわるものを想像のもとすべて肯定的に捉えるモード)。

まあとにかくCitroën DSと衝撃的な出会いをした直後、たまたま当時お世話になっていた大学の教授が、かつてフランス滞在中にシトロエンDSに乗っていたらしく、いろいろ話もきいた。エンジンを掛けると徐々に後ろ側が浮く仕組みになっていることやら、運転席からの外の景色の見え方だとか、もう想像だけでお腹いっぱいになる。一般的に故障が多いのだという話はこのときによく伺いました。しかし、DSのおかげでフランス本土に足を踏み入れるのがそれもあいまって楽しみになっていたわけであった。これまで車なんてぜんぜん興味がなかったのにねえ。

そうして、フランスにやってきて、上記のように車の多さに辟易するも、その状況を逆手に取り、車にだけ注視して街を行き交うとこれもまたおもしろい。日本メーカーだと、スズキとかもたまにいるけどトヨタとニッサンはボチボチそれなりの確率で見掛ける。ドイツの車とかフォードとかもそれなりに存在する。しかしやっぱり多いのは、フランスメーカーのルノー、プジョー・シトロエンである。

(フランスにおける車の全体シェアはどんなものだろうと思っていろいろとデータを捜してみたが、僕のフランス語でのググり能力が足りないのかこれとか月間売り上げランキングとかしか出てこなかった、最近はトヨタのハイブリッド車がそれなりに売れているらしい)

それにしても、街中で見掛けて「お」と思う車は、あとからロゴを見るとなぜか大抵シトロエンだとが判明することが多いんだよねえ。DSほどの衝撃はないけれど、シトロエンがすこし前に出した現行車たちは、なんだかダサいんだけれど、そのダサさが逆に格好いい。この場合ダサ格好いいという日本語を据え置けばよいのかしらん。

そしてロゴも何だかシンプルでカッチョういいんだ…。プジョーのあのロゴは取り敢えず語るにたらないとして、ルノーのロゴはシンプルなんだけどなんかちがうんだよね(なんか)。シトロエンのあのロゴはやはり洗練されているし、クラシックなダサさもあっていいんだな。フランス語でいう”double chevron”、ダブル逆V字型。そしてCitroënって字面もいいよね。創業者の名前らしいけれど。Renaultも字面はいいですが、Peugeotは僕は好みません。Citroënのeにトレマがくっ付いているのも何だかいいよね(シトロエンにまつわるものをすべて肯定的に捉えるモード)。

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そして勢い余ってたまたま古本屋で見つけた「シトロエン 写真で見る75年間」みたいな公式本までも買ってしまった。10ユーロもした…高かった…。

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シトロエン DSのページ。3日に1日くらいは寝る前にぺらぺらとめくっています。たのしい。10ユーロもしたけど買ってよかった。

ちなみに、あのフランスの思想家ロラン・バルトも著作『Mythologies』(邦題『神話作用』)のなかで、『La nouvelle Citroën(新しいシトロエン)』という題してDSについて触れているらしいということをWikipediaで知った(そしてさっそく買った)。原文はネット上でも公開されてたので興味のあるひとはこちらから。拙訳したものをちょっと引用する(随所意訳)。

わたしは今日の自動車は、かつてのゴシック建築の大聖堂に匹敵するほどのものであると考えている。自動車こそは、この時代が生み出したすばらしい発明であり、無数の無名のアーティストによって熱狂的に形づくられ、かの魔術的な物体に適応を試みてきた忠実なひとびとによる行使、あるいは表象のなかで消費されてきた。新しいシトロエンは、まるで空から降ってきたかのような突飛な物体であることは明らかである。しかし、物体こそが超自然における最適の伝達手段であることを忘れてはならない。
(中略)
女神(フランス語で女神は”déesse”といい、DSと発音が同じなためふたつを掛けているよう)はすなわち人の手によってつくられたアートであり、自動車における神話をつくりかえてしまった。これまで最上級の自動車とは動力によって定められているにすぎなかったにかかわらず、彼女によって自動車という存在がより精神的でより物体的なものへと昇華されたのである。

ロラン・バルト『新しいシトロエン』(『神話作用』より, 1957)

という感じでほかはひたすらシトロエンDSの物体的な機能などのことにたいして比喩をふんだんに用いながらひたすら賛辞を述べているロラン・バルトさん。いやはや、しかしやはり自動車の50年代60年代というと「かつてのゴシック建築にするほどの」それという認識は正しいのかもしれない。

ただその感覚、もはやいまはないよねえ。それはあるいは車という存在が一般的になりすぎたからかもしれない。なんにせよ、日本ではいまはかつて一世を風靡したらしい「車を持っていることはステータス」という価値観なんて僕の周りでもほとんど見受けられないし(「貯金してあの車を買うぞ…!」なんて意気込んでいる大学生の友人、ちょっとあまり思い浮かばない)、そもそも「車が趣味」なんてひとはかなり減っている気がする。東京だったらカーシェアリングも流行り始めているし、免許を持っていないひとすらいまや当たり前になってきている。ということを宇野常寛なんかもよく言っていますね。

それでも僕はいま「車」についてまったく知らないのだけれど、こうしてシトロエンDSを契機にしてそれ全体への興味がすこしずつ醸成されはじめてからは、車について考えたりするのはすごくたのしいしワクワクしてくる。そんなふうになにかに片足踏み入れたときの、広大なひとつの分野が目前に漠然と横たわっていて、それをこれから豊満に頬張れるだろうという無垢な期待みたいな感覚、すばらしいよね。ワクワクするよね。

というわけでこれからも寝る前にもうすこしシトロエンにワクワクさせられたいと思う。いつしか彼女に乗る日を夢みて。


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