3ミリくらいはロマン・ポランスキーについて語れるようになったはず

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ロマン・ポランスキー、なぜかいままで1本も観たことなかった。ポランスキー特集は東京でもしょっちゅうやっていた気がするのだけど、なぜか僕はいままでずっと敬遠していたような気がする、べつに特に理由はないのだけれど。

そして『反撥』で描かれた、いまにも壊れてしまいそうな危うげな表情を浮かべたカトリーヌ・ドヌーブ(当時22歳くらい)が表紙となっている上のパンフレットなのだけれど。エクスアンプロヴァンスにある3つの私営の映画館とはべつに、『Institut de l’image』という映画会館的なモノがあって、そこで今年の9月はポランスキーの作品だけを特集しておりました。私営のものよりもさらに安く、15ユーロ払って9月から1年間有効の会員になれば1本3.5ユーロ。現在のレートだと、500円弱くらいかしらん。500円足らずで映画館で映画を観れるならまあ当然の如く通います。

ここでは1989年に設立されて以来、毎月なにかが特集されていて、その特集にまつわる映画がだいたい10本くらい、毎日2、3本ずつ上映されている。過去のアーカイブを見てみたところ、日本映画にまつわる特集だと、溝口健二(2回)、黒澤明(2回)、ジブリ映画、北野武、クラシック日本映画特集(黒沢、小津、今村昌平、勅使河原宏『砂の女』、増村保造『偽大学生』 )、小津安二郎、大島渚のものがこの14年間であったよう(時系列順)。10年以上続いているというのもあって、充実のアーカイブっぷりである。いいなあ、これがあるだけでエクスアンプロヴァンスに暮らしてもいいなあなんて思ってしまう。

  • 『水の中のナイフ』(1962)
  • 『反撥』(1965)
  • 『吸血鬼』(1967)
  • 『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)
  • 『チャイナタウン』(1974)
  • 『テナント/恐怖を借りた男』(1976)
  • 『テス』(1978)
  • 『フランティック』(1988)
  • 『戦場のピアニスト』(2002)
  • 『ゴーストライター』(2010)

というわけで、着いて早々上映されている11作品のなかで、『袋小路』(1966)を除く、このちいさなオッサンがつくった上記の10本を、日々の生活の合間を縫って鑑賞してきました。さまざまな用事をことわり(そんなにないけど)、常々プログラムを気にしながら。しかし、ひとりの監督の映画を、こんなに集中的に観るのは初めてだったのでとても新鮮な経験である。いやしかしポランスキーおもしろい!

名作と名高い『ローズマリーの赤ちゃん』と『チャイナタウン』などで残念ながら途中ウトウトしてしまったので偉そうなことは言えないのだけれど(『ローズマリー』は疲れすぎていて爆睡したので何も憶えていないが、『チャイナタウン』の空気感は最高によかった気がします(棒)、マフィアに扮するポランスキーがそして可愛い)、一通り観たなかで僕は『フランティック』がいちばん好きかもしれない。一般的にはぜんぜん評価高くないみたいだけど、もっと評価されるべきである、と声を大にして主張したい。!

『フランティック』。医師に扮するハリソン・フォードが妻と共に馴染みのないパリへと足を踏み入れるものの、空港でスーツケースを取り違えたことがきっかけで妻が失踪し、徐々に大きな事件に巻き込まれる、というストーリーラインを鑑みると単なるサスペンス映画である。ことに間違いはないのだけど、それだけでは留まらない。僕たちはハリソン・フォードと共にすこしずつ事態が深刻であることを発見し、彼が身を以て表現している焦燥で緊張感を僕らはいっぽうで感じつつも、その彼の周囲の妙に気の抜けた緩慢さに大きなギャップがあって、はたしていったい何が起きているのかしらん、とわれわれ観客もが現在位置を見失ってしまうような、そんなポランスキーの計算尽くした映画的な巧いコントラストに舌を巻かせられます。それにしてもほんとうにハリソン・フォードが最高なんだよねえ。彼の困った顔、すごい愛せる。そして彼と偶然行動を共にすることになるエマニュエル・セニエがこれまた魅力的。ぜひともみなさんに観てほしい。

j'ai vu REPULSION (GB, 1965) de Roman Polanski dans l'institut de l'image. [ le 13 Sept. 2013 ]

あるいは『反撥』かな。たしかこのなかで最初に観たんだけど、いやあよかったねえ。幕開けから鮮烈。細かく動く眼球の上にクレジットが流れ、”REPULSION”のタイトルが現れる。「このひとは何を視ているのだろう」という好奇心と不安が喚起されるなか、徐々にカメラは引いていき、キャロル(カトリーヌ・ドヌーヴ)の危うげな美しさを包含した虚無な表情が画面にいっぱいに映し出される。ああ、もういま思うとこれだけでこの映画の最たる部分が表現しきれていた気がする。キャロルの神経質な性格、それをつくりだした彼女の持つ闇、過去。そんなものがこの1カットだけで伝わってきたように思うのだ。すくなくとも観客は、この時点で「このひとは何を考えているのだろう、何があったのだろう」と想像力を目一杯に働かせるにちがいない。

ひとつひとつのシーンがあって、登場人物たちが何か言葉を交わす。そして言葉を交わし終わってストーリーが完結したあとに、一見ストーリーとは関係のない余剰と思われる部分が挿入される。これは冗長なんかではなく、むしろこの部分がこの映画をつくっているといっても過言ではないと思う。この大方台詞のない静謐とした箇所が、観客を不安にさせ、この映画のサスペンス的要素を高めている。そのあとのブラーアウト。断片的なシーンのつなぎ目が、観客がキャロルのそれを追体験するかのように、夢か現かの判別を不能にさせてゆく。

などと言いたいことはたくさんあるんだけどね。僕が言っても浅薄にきこえますね。やれやれ。どうにかしたい。いっぽうで、『水の中のナイフ』みたいな会話で成り立っているような作品は(しかもポーランド語?)、僕のフランス語能力では字幕でもニュアンスまで理解できないというのが要因のひとつだと思うけれど、そこまで愉しめなかったかなあ。「美しい妻」役のヒロインのサングラスのダサさがたいへんファニーではありますが。ただ全体を通して、言語的理解が不足しているからこそ、逆にあの画や雰囲気だけでじゅうぶんに愉しめてしまうポランスキーの映像の巧さみたいなのが浅はかながらちょっと判った気がする。

たとえば彼は映画の始まりと終わりに、ほぼ同じ構図のカットを持ってくる(『水の中のナイフ』然り、『フランティック』然り、『吸血鬼』然り、ちょっとちがうけど『テス』然り)のだけれど、状況だけ一瞥をくれれば同じように思えても、われわれも共に体験してきたそれら一本の映画のなかであった出来事を鑑みると実は内実がすごく異なっている、というところに彼の映画的美学を感じる。映画のなかの出来事を経て、登場人物たちが何らかのかたちで「成長」(あるいは「変化」)した、というのはやはりポランスキーに限らずきわめて映画的なやりかただとおもうんだけど、その表現の仕方が巧いんですよね。あとは細かいカットを取っても、たとえば『テス』の結末部分でナスターシャ・キンスキーが夫を殺してしまったことを表現するときにおいても、説明的すぎないやり方にまたも舌を巻かせられる。

あとは『戦場のピアニスト』。アカデミー賞を7つの部門で獲得した上に、カンヌ映画祭ではパルムドールを受賞という2002年の映画シーンにおいて最高峰に君臨したといっても過言ではないこの映画だけれど、僕も例に漏れずこの映画を支持します。第二次世界大戦時、ユダヤ人の血を引くポランスキー自身がユダヤ人ゲットーに押し込められたという経験も、この映画を単なる戦争映画に留まらせなくさせているのだろう。

というか、やっぱりポランスキーの生涯ほど波瀾万丈という言葉がふさわしい人、居ないよねえ。父は強制労働させられ、母は最終的にアウシュビッツでドイツ人に虐殺される。何とか生き延びたポランスキーは俳優になり、のちに自身が監督も務めた『吸血鬼』で共演したシャロン・テートと結婚、彼女は子どもを身ごもるも、子ども諸共チャールズ・マンソンを率いるカルト教団に惨殺される。それを知ってから観た『吸血鬼』は、エンターテイメントとしてすごく愉しめたけれど、同時に物哀しさも感じずにはいられなかった。『テス』で愉快な音楽が流れているさなか、オープニングクレジットにちいさく記された「シャロンに捧ぐ」の言葉とかも…。

図書館で分厚いロマン・ポランスキーの生涯について綴られた本を借りてきたので、もうポランスキー月間は終わってしまったけれど彼ともうすこし仲良くしたい。愛したい。まだ観てない映画もたくさんあるし、そういえば11月には今年のカンヌ映画祭に出品されていた『La Vénus à la fourrure(毛皮を着たヴィーナス)』も公開されるのでそれも楽しみ。歳をとったエマニュエル・セニエを拝めます。『チャイナタウン』も『ローズマリーの赤ちゃん』もまた近々見直したい!というか見直さねば!ちなみに今月のInstitut de l’imageでは、今年11月頭に生誕100周年を迎えるアルベール・カミュについての特集をやっております。すでに何本か観たほかにも、カミュはいろいろと盛り上がっているのでそれについてもじきに書く。じきに。取り敢えず明日からリヨンで開催されるリュミエール映画祭にいってくるよ!日本にいるときよりぜんぜん映画観てる。暇なのだなやはり。


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2 Comments

  1. ブリ

    シャロン・テイトは吸血鬼になってもいいから生きて欲しかったですねぇ。ポランスキーの映画は最近では『おとなのけんか』が好きです。舞台劇って映画になりやすいですよね。

    1. イモリ

      件の『吸血鬼』を下敷きにしたポランスキー脚本・演出の舞台がこのあいだまでパリでやっていました。インタビューではシャロン・テイトのことは触れられていませんでしたが、未だに想い続けているのかもしれません。『おとなのけんか』も、この記事の公開後鑑賞しましたが、すばらしくよかったですね(とくにクリストフ・ヴァルツ!)。ちかぢか日本公開されるはずの『毛皮のヴィーナス』は、舞台劇の映画化をさらに突き詰めた形です。エマニュエル・セニエとマチュー・アマルリックのふたりの演者が織りなす室内劇。冗長なところがひとつもない、洗練された映画がさくっと撮れてしまうポランスキーの余裕というか、手腕というか、ほんとう脱帽されられます。次回作も愉しみですね。

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