パリは怖いところ(旅行中に暴行盗難被害に遭い、最終的に裁判に出廷してきた話)

パリは怖いところ(旅行中に暴行盗難被害に遭い、最終的に裁判に出廷してきた話)DSC_2508

パリ、パリ、パリ。だれもがきっと一度は夢想し、なんらかの形で憧れ、足を運びたいと願う街だろうとおもう。美しい響きだ、パリ、パリ、パリ。僕も例に漏れずそのうちのひとりだった。古いフィルムで目にした小洒落た人々が小さな佇むカフェ、幾度とも愛の言葉が交わされたであろうセーヌ川のほとり、悠久の時を刻み続けてきた建築群に、世界中の才能が集まっている芸術の街。

そんな淡い期待を胸にその街へと初めて足を踏み入れた僕は、初日にしてその幻想の裏側をまざまざと見せつけられることになるのだった———。

——

という大儀なイントロダクションから文章を綴り始めますが、僕が言いたいのは「パリはやっぱ怖いところだよ」ということです。従いまして、以後、パリは如何に怖いのかということを僕が道端で暴行盗難の被害に遭った経験をもとに説明させていただきます。僕の話をします。(ちなみに写真の彼は僕が撮りましたが今回の一件とは直截関係ありません)

パリ観光初日、道端で襲われる

到着初日、パリでいちばん大きい映画館Grand Rexで限定公開されるまどか☆マギカの映画を観終わり劇場を出たころには、時刻はすでに23時半を回っていた。この日はパリに在住している先輩の家に泊まることになっていたので、大急ぎでメトロを乗り継ぎ彼の自宅へと向かう。

彼は以前そんなに会ったことはなかったのだけれど、個人的にだいぶ尊敬している大先輩で、直前のお願いだったにも関わらず快諾してくれたのだが、「大丈夫だとは思うけれど、この一帯を深夜に歩く際はじゅうぶん気をつけて」という忠告も頂いた。ふむ、パリ18区。移民が多い地区であるため、すこし危険があるのかもしれない、などとボンヤリと考えていた。

Marx Dormoyという地下鉄の駅を降り、徒歩5分ほど。 事前に地図を頭に入れ、なるべく観光客に見えぬよう堂々と歩くようにした。該当の場所だと思しき交差路に入ったところで、道を歩いていた黒人(ここでは勝手にボブと命名)から話かけられる。

「携帯のクレジットがなくなって電話かけなくちゃいけないんだけど、携帯貸してもらえない?」

アンテナをいちおう張っていた僕は危険だと察知し、「ごめんもうバッテリーがないんだ」と断る。ボブはしつこく頼んできたが無視して道をゆく。するとすぐあとに別のアラブ系男が「いま何時?」と声を掛けてきたので、すっかりボブに気を取られていた僕はポケットに手を突っ込み最初につかんだiPhoneをおもむろに取り出し、彼に時刻を見せる。納得した様子でアラブ人は去り、すこしして先輩のマンションの家の前についた僕は扉のコードを失念してしまっていたためiPhoneを再び取り出そうとしたところ。

後ろからガッと体を捕まれ、とりあえず顔面に一発お見舞い喰らう。そのあとiPhoneを出せなどと叫びながら続けて数発パンチ。気付いたらあたりに6、7人居る。最初に話しかけてきたボブもいる。

僕は倒されてさらにべつの男からも二人掛かりで蹴る殴るの暴行を受けながらも何となく実感がわかないまま抵抗を続けていた。実際の話、あまり恐怖はそのとき感じなかったんだよねえ。「ウワ〜なんか殴られてるな〜これがよくいわれる路上強盗というやつか〜」などとボンヤリと阿呆みたいなことを考えている自分が一方で、応戦というか受け身やら暴行犯への受け答えやらに必死であまり思考が始まらなかった。しばらく殴られ続けて(20発くらい)いつ終わるのかしらんとやっと考え始める。え?なんか殴られてるけどチトヤバクね?何か仲間たくさんいるけど助かるのかこれ?・・・頭悪すぎるねえ僕。こんなものなのかなあ。町角で襲われたことないからわからん。アドレナリンが出ていたのか、意外と暴行に痛みは感じなかった。いや、もちろん痛かったけど。

慌てて大声で叫び始め、ナイス発声の日本語で怒鳴り散らす。すこし相手はひるんだが、しばらく叫んでもまったく助けなどがくる気配はない。というわけで相手はまた取っ掛かって来て殴られ倒され、そのときにポケットからiPhoneが落下。気が動転していてここの状況はあまり憶えてないんだけど、すかさず主犯アラブ人(?)がiPhoneを拾い走って逃げていった。大多数の周りの仲間もたぶん同じ方向に追いかけるように逃げていった。

そこに残ったのはボブともうひとり。もうひとりはお前手袋やらライターやら落としてるぞと指し示す。てめえら襲いやがったくせになに呑気なこといってんだよ!と思いつつも慌てて散らかった僕の所持物を拾い集め、ボブともうひとりに向かってiPhoneを返せ、警察に連れて行くぞなどとしばらくその場で歯向かう。主犯はiPhoneを取っただけで満足したのか、それを持ち去っただけで、その他財布やカメラ、パソコンなどを持ち運んでいたもののそれらは無事だった。しかしそれなりに恐怖を感じ始めた僕はとりあえずここで喚き散らしているよりも大きい人通りのある道にでたほうがいいなと思い(やっと)、Marx Dormoyの駅からすぐ近くのマクドナルドへ避難。気は動転していたもののひとりで歩いて避難し思考できるくらいにはやられてなかった。

マクドナルドにてガードマンに事情を説明。というか彼が「その顔はどうしたんだ?」と聞いてきた。なぜ彼ほど仕事がデキそうなひとがマックで警備員やっているんだろう、と首をもたげるくらい彼は親切に対応してくれた。とりあえず先輩に連絡して来てもらいなさい、彼は来ないといけないということで誠に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも連絡。10分くらいで駆けつけてくれるとのこと。

彼の到着を待っている間、そのガードマンと話していたらそこへなんとさきほどのボブがマックにご来店。いらっしゃいませ、わざわざあちら様から顔を出していただけるとは!すかさずガードマンにその事実を告げ、彼を捕まえ話をする。そこでボブは「俺はそこにいただけだ、奴らのことは知っているが仲間じゃない、きみが襲われている間俺は助けようとした」と繰り返し主張。僕は「いやいやお前もグルだろ!iPhone返せよ!警察つれてくぞ!」と彼を責める。彼はいらつきながらも主張を変えない。

そこに先輩が到着。事情を説明し、とりあえず最終的にその近くの警察へと行くことになった。ボブは相変わらず関与を否定。日本語で先輩に「いやこいつもグルだと思うんですよね」と言いながら、とりあえず埒が空かないので「わかった、きみは何もしていないということでいい。だから状況を説明するために警察署に一緒に来て。きみが彼らを知っているならそちらのほうがいい」と提案。

ボブはだいぶ逡巡した様子で、渋りながらも主張を続けると「わかった」と承諾。ガードマンなどとお別れを告げ先輩と3人で近くの警察署まで歩いていくことになった。そこへと向かう間、ボブが走って逃げるんじゃないかと思っていたが意外にも警察までおとなしく同行。

警察署ではふたたび事情を説明した上で(さらに意外にもボブも率先して事情を説明している)、とりあえず現場を確認しようということで先輩を残し、パトカーでボブと共に襲われた現場へと向かう。

しばらくして現場に到着すると、ちょうど事件現場で何と主犯のアラブ人と思しき人物がひとりで歩いているの発見。同行していた警官に「アイツです!」と伝えると、警官3人はすぐさま車を降り彼を捕まえる。十分距離があったので100%の確信は持てなかったのだが、彼らは車のそばまで彼を連行し、車の窓から(外からは見えない仕組み)「本当にコイツか?確信を持っていえるか?」と警察官から問いつめられる。僕が(ウウ…確信は暗かったし何とも…たぶんというか9割方コイツだと思うんだけど…)と思って返答を渋っていたら、ボブが「コイツで間違いありません」と代わりに返答。うお、まじか。僕もそれに乗じて「確かにコイツです」と言うと、すかさず彼を逮捕した。というかよく見たら、彼の右手は殴ったで流血していた。「さっき家でちょっと怪我しただけだ」と彼は弁解を試みていたけど。よくみたら確かにコイツだった。

さらに彼の仲間と思しき人々がすぐ近くでたむろしているのを発見し、警察官たちは拘束へ向かう。僕たちはすぐさま警察署へ戻り、状況経過を観察。しばらくしてゾロゾロと連行されてきた。すると「うわあお手柄ね!」などといったことをその場にいた警官たちが口にし始める。

何でも、とりわけ主犯のアラブ人はこれが初めての犯行ではなく、何度か拘束されていたらしい。ボブが語ったところによると、犯人捜索中だった4、5日前に起きた暴行盗難事件も、主犯の彼がボブに自分がやったと語っていただとか。その犯行の目的はもちろん金なのだが、何でも主犯のアラブ人はこの一帯でドラッグを捌いている界隈なかの中心人物のひとりで、さいきん金銭に困っていたらしく、それで僕も狙われたという次第。しかもそいつは過去に10回以上警察に拘束されていたことがあるという。次やったら牢屋にぶち込むなど。牢屋に入れたらなんだか自殺を図るかもしれないからなんとか…みたいなことを言ってた気がするけどよくわからない。パリ市民の安全のためにはやく監獄いれなよ。

ボブはさらに詳細を説明し始める。俺はずっとあの一帯で育ったのでほとんどたむろしている連中を知っている。そしてなんと、「実は俺明日の20時にマックであのグループの連中とヤクの売買のランデヴーがあるんだ」。そんなことがポロポロと彼の口からこぼれてくる。

およよ、僕の知らないところでなんだかやたら話が大きくなっているぞ…?

僕は同行してくれている先輩に対して申し訳なさで堪らなくなりつつも、この状況を密かにたのしみはじめていた。さらに詳しく状況を説明し、公式書類にするためにそこからすこし離れた警察の別の部署へとパトカーで行くことになった。

僕と先輩とボブ、3人でパトカーにふたたび乗り込み、サイレンを鳴らしすべての信号を無視しながら深夜のパリの街を疾走する。いやあ、パリきてまさか始めにパトカー乗るとは思わなんだ。夜も更けたパリの街並を車窓から眺めいささかの感慨にふける。まあなんていうか、生きててよかった。ちなみにこのときは暴行を受け痛みを感じていた自分の顔や体のあちこちはみておりません。血が出ていたり腫れているのはわかってたんだけど。しかし「とりあえず逃げる」がこれまで生きる上での信条であった僕は、殴り合いの喧嘩だってまともにしたことないし、これほどまで暴力をふるわれる経験なんていまだかつてなかった。ぜんぜんなかった。それでもあれだけやられたきがするけど意外と人間しぶといんだなあなどと呑気なことも考えた。

到着。時刻は深夜2時半くらい。なんだかまた待たねばならぬらしい…。ボブもそこで警官と話している。ヤク売買界隈の構造やら仲間のことなどをどんどん話していて、むしろ警官は「お前いいやつだな!大丈夫か?身の危険があったらすぐに警察にいってくれ」などと言う。

結局彼はなんなんだろう…。最初は確実に彼もグルだとおもったんだけどな。本当に助けようとしていたのかは判らずじまいなのだが、僕の推察によると彼は自分が助かるために自分がグルであるという事実を伏せ真実をできる限り語ることで仲間を売り、逮捕を免れたんじゃないか、と。しかしそう断ずるのも不可解な点があって早計すぎるのかもしれない。わからん、ぜんぜんわからん。

とりあえず彼が別部屋で証言している間僕と先輩は1時間以上待つハメになる。ようやく取り調べが始まるもまたそれも長い長い。すべての状況を仔細に語らなければいけなかった。そんなの憶えてないよ…ということも。複数名から暴行受けてる状態の記憶というものは曖昧なんですね。そしてようやく取り調べが終わったときには、時刻は深夜4時。次の日がすこし早かった先輩に平謝り。さあじゃあ家へと帰してくれるパトカーは、っと…。

いない。おい。いねえぞ。受付のひとにきいたらば「あ?いないよ。自分たちで帰ってくれ」と突っぱねられる。おいおいお前らどういうことやねん。たしかに来るときに運転手は帰りも送るよって言ってたじゃねえか。「そこまでするのは僕たちの仕事じゃないんだ」などとも抜かしている。深夜に歩いていて襲われ暴行盗難に遭った被害者を、また深夜のパリの街にほっぽり出すとはどういうことや。我々は「おフランスすぎてやべえな」と憤慨。

そこで先輩がキレてすこし押し続けていたらようやく迎えがきてくれることに。しばらく待って、ようやくふたたびパトカーで帰路につく。なげえ、ながかった。いろいろありすぎた。顔いてえ。頭ぼんやりしてきたけど寝れば治るかな。ということで先輩宅に到着しすぐさま僕は寝袋に包まったのだった…。

というのがパリにおける旅行中邦人男性への暴行事件当日(僕にとっては初めてパリに降り立った日)の一部始終でした。

翌日以降も病院警察などにお世話に

翌日、ノートルダム聖堂のすぐ隣の病院にいって診察を受け(幸い特に異常はなく、放置すれば治るというのが3分くらいで終わった適当な診断の結果。顔は変形していたがな!)、再度警察から「もうすこし詳しく話をききたい」などと連絡があったので夕方頃わざわざふたたび赴いた。

ところまたもかなり待たされ、「僕の存在ってまだ必要?」と問うと「何にせよ必ずきみはいなければいけない」と冷たく言い放たれる。そこから待つところさらに1時間半。ようやく来たと思ったら、どうやら拘束中の容疑者が確かに僕を襲った人間かどうかをいまいちど確認する、ということらしい。よくある向こうからはこちら側が見えない部屋に連れて行かれ、「確かに彼で間違いありません」と伝える。なんでも彼、「自分は何もやっていない」と全面否定しているらしい…。被害現場で発見され、被害者とボブふたりで彼が犯人だと証言し、殴ったあとと見られる右手を怪我してる、という状況証拠は揃っているのにねえ。

それを伝えたあともその公式書類をつくるためにいちから説明させられるハメに。しかも何か知らないけど、同じ部屋の隣の席で万引きか何かの軽犯罪をして連れてこられているモハメッドさんと警察官がすごい剣幕で「いや何もやってな」「黙って!話すのは私!」「いやだか」「おい!ムッシュー!!」などと延々と言い争いしてて、僕に質問するお姉さんも「ピュタン」などと呟きながらそちらの一件に首を突っ込んで、僕の件は一向に進みようがない。しかもモハメッドさんアホなのか、「結婚してるのか?」「してるよ」「籍はいれてるの?」「彼女は1年前までマルセイユに住んでたんだ」「籍は?」「・・・いまはパリに住んでる」などの質問の受け答えがしっかりできてなくてしどろもどろ。勘弁してよ。フランス語能力が十分でない僕ですら彼よりはきちんと受け答えできるぞ。しかしなんで被害者である僕と万引きの容疑者である彼が同じ部屋のすぐ隣同士で取り調べしてるんだ。わけがわからないよ!

なんだかんだでその一件終わったのは、22時近くになっていた。この日も無駄になった…。この日も泊まる予定だったのだが、時間がじゅうぶん遅かったので先輩に迎えにきてもらうことに。主犯のアラブ人でない暴行に加わったもうひとりの男、まだ捕まってないっぽいし。それにしてもかなりご迷惑をお掛けしている次第である。

なぜか裁判に被害者として出席、勝訴(?)

そして日曜日を跨いで、月曜日、パリ滞在最終日の朝。先輩のもとは離れべつのフランス人の友人の家に泊まっていた僕のもとにまた一本の電話が掛かってくる。「今日午後に裁判所で容疑者の裁判やるんだけど、証人としてきてくんね?」「あなたには無料で国選弁護士がつきます」。え。なんだこの急展開。お、おう。というわけでそのままノートルダム大聖堂のそばにある裁判所へと駆り出されることになった。ようやく終わったと思っていたのに、どうやら結局もうツーリストはできないらしい。

到着して僕の国選弁護人とやらに面会してすこし話してからすぐに、法廷で裁判が始まった。僕の事件のアラブ人だけでなく、被告は何人も居て、それらをまとめて連続で裁判するようだった。すべてアフリカや中東からの移民(その多くは不法滞在)による犯罪。しかし、本当繰り返すけどパリに来てこんなところに来るとは思いもしなかったよ。法廷って。

そのあとしばらくして僕らの一件に。ずっとアラブ人は全面否認の姿勢を変えない。こんなアジア人まったくみたこともないし、現場にもいなかったし、右手拳を怪我してるのはたまたま家で料理ミスっただけや。きっと被害者はだれか別のひとと勘違いしているに違いない…ゴニョゴニョ。面白くなって参りましたねえ。!過去日本で高校のころ模擬裁判的なものに携わっていたことがあったのでこういう有罪か無罪かの全面対決に多少なりとも血が騒いでしまうのです。

しかしながら、そこまで言われると被害者としても自信なくなってしまうもの…。正直な話アラブ人なんて僕も見分けそこまでつかないしねえ。確かに彼だと思うんだけど。先日証言してくれたボブはそのあと主張が変わり彼はやってないとかいうことを仄めかし始めたあと行方不明になったという話もきいた。マジカヨ。

取り敢えず証言台には立っていましたが、被告側弁護士のほうで準備がまだきちんとできていないということで、また改めて僕らの一件は開廷するということに。しばらく時間が掛かるということで腹が減って仕方なかったので何か食いに「外でてるね」と告げ、食うついでに近くの市役所で開催されていたブラッサイの写真展に行く。暫し時間を潰したのち、法廷に戻ると何と僕らの一件はもう終わって、あとすこしで判決が言い渡されるとのこと。「きみがいなくて残念だったよ…。いるべきだったのに。」ご、ごめん…。しかしこんな感じでいいのかなあ、日本でも被害者の扱いがどうなっているのかよくわからんが。

判決を待つ間、検察のひとたちといろいろと話した。「確かに彼で間違いないの?」「うん」「いや〜そうか〜。でもそんな自信を持って言わないほうがよかったかもよ〜」。これ爆弾発言ちゃいますか。いやはや。そのあと日本は安全であるという話になる。あることはあるけどここほど移民だとかドラッグだとかそういう犯罪はないかもと僕は言うと、日本に何度か行ったことがあるという検事が「まあたまにあることは事実だが、実際日本はまじで安全。ここに比べたらこんな犯罪まったくないといっていいよ」「じゃあ日本の法曹たちは僕らとちがってさぞかし暇だろうな」「「ワハハ」」・・・日本で生まれ育ってよかったとでも言えばいいのかしらん。ウーム。

そのあと判決が言い渡されるということで再度ゾロゾロと入廷。そして判決は、執行猶予なしの実刑禁錮4ヶ月。それに加え僕にiPhoneの弁償と身体的・精神的被害への慰謝料として計800ユーロの支払い命令。マジカヨ!勝訴!これ喜んでいいの?被告人は無表情でした。けっきょく目いっかいも合わなかったなあ。彼は彼で僕に対して憎悪で煮えたぎらせているのだろうか。まあ「ざまあみろ」、とかそこまでイイ気はしません。

僕はあまりフランスの法事情に知悉してはございませんが、とはいえ彼は初犯ではないとは言え禁錮4ヶ月ってじゅうぶん重い罪だよなあ。検事もあとで同じことを言っていた。しかし800ユーロって。支払いは彼が釈放後に何たらとまた複雑ですが、金が支払われるなぞ正直考えてもみなかった。もうちょっとボッタくれたのかなあなどということも頭をよぎるが、適正価格がまったくわからないのでまあよし。本当に支払われるのかは不明であるが。

ていうかよくわからないな。事件発生2日後に法廷で判決言い渡しまでを含めた裁判が行なわれるとはどれだけ迅速なんだ。フランス人とは思えない。それほど日々移民の犯罪が跋扈しているということでしょうか。いちおう暴力事件だから刑事裁判なんだろうけれども、フランスの法制度はよくわかりません。しかしその様子が実際に被害者として経験できたというのはすごく貴重といっていいだろう。日本人観光客で僕と同じように襲われたひとたちも犯人が捕まり裁判まで立ち会ったひとは相当稀だと推測する。イエーイ(棒)。まあとかく僕自身、そこまでの怪我もなく何とか決着がついてよかったです。

パリは怖い(素晴らしい)ところ

こうして週末のパリ滞在はこの事件をめぐってほとんど潰されてしまったわけですが、いい経験ができたとも言えるが、可哀想な被害者の貴重な余暇を奪うフランスの公共機関、ひいてはフランス人的性格にわずかな憎悪も募らせました。あー面倒くさかった。そういえばいつだったか遥か昔にパリで観たような気がする(みたよね)まどか☆マギカで「憎しみと希望は差し引きゼロ」とか言ってたな。それに呼応する僕の希望はいづこに。まあ一生のネタがもう一個出来たってことにしとくかあ。

しかし、僕は幸運にも特に怪我はなく、犯人も捕まえ彼は監獄に禁錮されることになるわけだけれど、僕のように襲われてなにか盗まれたあと犯人は逃走したままというケースはたくさんあるんですよね。日本人観光客も結構おそわれてるし、外国人に限らずパリはフランス人でさえも毎日どこかしらでそういう事件に遭遇している。加害者はアフリカか中東からの不法滞在している移民が大半をしめている。警察もパトカーで「ここ数ヶ月で○人捕まえた」などそういう話をけっこうしてくれた。「アメリカンドリーム」と同じで、フランスにいけばもっといい暮らしができるかもしれないと思って移住してきた外国人たちが、けっきょく仕事が見つからず生活に困り、金があればヤクに手を出し、犯罪をおかさなければもう暮らすことができない。べつに彼らはそういう結末を求めて移民してきたわけではない。改めてフランスにおける移民がもたらす社会問題、共生の難しさを身をもって考える。アカデミックな方面からいってもすごいおもしろいんだよねえ。移民の子どもがどうフランス社会に参入していくか、など。多様性社会の負の側面など。日本社会を下地にしてもこういうのはあまり考えられないのでその分おもしろいです。これに関してはいろいろ考えたのだけどまたの機会に。

最後にみなさん、パリは怖い(素晴らしい)ところです。もう一回いかなきゃぜんぜんどこも行ってねえよ!

#追記(2014/12/19)

パリでの暴行事件と裁判から1年が過ぎ、12月も折り返した先日ようやく賠償金800ユーロのフランスの銀行口座への振り込みを確認しました。いやはや、長かった。

裁判が終わったあと国選弁護士にどうやって賠償金もらえるの、と訊いたところ「被告が釈放されてから働いて払えるまでお金を貯め次第またなんか書類とか家の住所まで送られるから待ってて頂戴〜」などと適当な説明で返された。はたしてその日は来るのかという疑問が頭をもたげながらも僕は家に帰り、律儀に待っていた。待ち続けていた。しかし何も来ない。いつまで経っても来ない。結局エクス=アン=プロヴァンスを離れる日まで書類を受け取ることはなかった。

もはや忘れかけていたのだけれど、事件発生から9ヶ月が経った8月にふたたびパリにいて、帰国まで2日しか残されていないなか同じ裁判所まで足を運び、「賠償金の受け取りについての相談にきたんだけど…」などといろんなひとに尋ねながらようやく担当者のところに辿り着く。どうやら被告が賠償金を必ずしもすぐに払えるとは限らないので、その仲介・代理としてさきに被害者に賠償金を支払ってくれる機関があるという。その受け取りのためには、必要書類を用意するなどいくつかの手順をふまなければいけない云々。そういうのって、ふつう弁護士なりだれかがすぐに説明してくれるもんなんじゃないのという怒りを抑えつつも、諦めかけていた800ユーロが手に入るかもしれないという望みが見えたことに喜ぶ。その手続きの有効期限は裁判所の判決がくだってから1年間なのでなるべくはやくやってね。はい。わかりました。

8月はほんとうに時間がなかったので、9月にパリを再訪したときにまた裁判所のべつの担当のところにいって、手続きに必要な書類をもらって提出、自分のほうでもいろいろとパスポートのコピーなり銀行口座の紙なりを準備し、また裁判所から送られてくる書類をもぜんぶ同封して指定の場所に送り(もうパリにいなかったので知人に頼み送ってもらいました)、待つことさらに2ヶ月、振込の知らせ。というわけで、800ユーロの臨時収入を得てこの話にようやくピリオドを打てそうです。しかしもっと多額の賠償金を裁判のときに要求しておけばよかった。3000ユーロとか。

もし僕と似たような状況で、フランスでの賠償金受け取りの手続きがわからないよ、と困っている方がおりましたら詳しいことをお伝えしますので、ご一報ください。

結局この事件から、パリには年が明けて5月に友人たちとふたたび旅行にゆき、8月には1ヶ月暮らし、9月にも再訪していますが、こんな怖いめに遭うことはそれ以降いちどもありませんでした。でも殴られるだけで800ユーロもらえるバイトならもう一回くらいやってもいいような気がする。という冗談はさておき、みなさんもパリ旅行の際は、危ない地区を夜中にひとり出歩かないなど気をつけてください。あとは運次第。Bonne chanceじゃなくてMerdeって言ってあげるアレですね。Merciと答えてはだめですよ。


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