豊かさを手にした旅の末に

豊かさを手にした旅の末になぜかその日曜日はとても朝早くに目覚めた。特に予定もなかったけれど衣服を着替え、カメラを掴んで家を出る。ぼんやりとしながら駅へと足を運び、まだひともまばらな上りの電車に乗り込んで、都心へと向かった。当てもなく水道橋あたりで下車し、あれこれと思索に耽りながらやわらかな日差しのなかを歩いていると、スポーツ紙を広げているマスターのほかには誰もいない寂れたカフェに行き着いた。陽が届く窓際の席に腰掛けて、読みかけの文庫本を片手に、熱いコーヒーを体のなかへと流し込む。

なんて豊かなんだろう、と思った。その瞬間が、愛しくてたまらなかった。そして同時に、かつてこれに似た豊かさを感じたことを思い出す。

17歳、僕ははじめて海外にひとりで旅立った。

タイ、ラオス。なんとなく繰り返される日常に退屈していたのと、すこし年上の大学生の間でにわかにブームになっていた世界一周への憧憬が、僕を旅へと踏み切らせたのだと思う。母の反対を押し切り、高校の終業式をすっぽかし、飛行機に乗り込んで、文字通り期待と不安に胸を膨らませながら、気付けばタイのカオサン通りの目まぐるしい喧噪のなかに立ちすくみ、息を呑んでいた。

「地球の歩き方」に載っていた通りの詐欺師、マリファナを勧めてきた歳上のお姉さん、平日でさえも真っ昼間から踊り狂っているラオス人、道程で出会ったそれぞれの目的を胸におもいおもいに旅をする旅人たち。

そうした人々や光景たちが眼前を次々と通り過ぎてゆく。旅の終わり、ラオスからタイへと向かう10時間にも亘るバスの道中、僕は、現地人に囲まれてひとり居心地の悪いイスに座り、地平線に沈んでゆく夕日を眺めていた。夕日はどこだって美しい。やたらと感傷的になって、もう誰にも見せられないような恥ずかしい17歳の言葉を、けれども間違いなく真実を語っている言葉たちを、ノートに書き殴った。そのノートはもう見当たらない。けれど、そのときの豊かさは、いまも克明に憶えている。

18歳、2月18日、日本時間午前6時00分。

1ヶ月のインドでの旅を終え帰途についていた僕は、そのときもう間もなく羽田空港へと着陸する飛行機の中にいた。夢と現の間を行き来しながら、座席のディスプレイを指でなぞっていると、たまたまレイ・ハラカミへと行き着く。おもむろにイヤホンを耳につけ、再生ボタンを押すと、たちまち彼の音楽が体のなかへと流れ込む。そしてゆっくりと顔を外に向けて、窓からまだ暗がりのなかの東京のすがたを覗き下ろす。

僕の長い人生を鑑みたとき、あのときのインドへの旅が果たした僕への変化は、ほんの軽微なものでしかなかったと思う。インドに行ったくらいでは価値観も人生も変わらなかった。ニューデリーの街路の熱気も、タージマハルの壮観も、ガンジス川での沐浴の神聖さも、コルカタの市場の混沌も、すべて目に映った光景たちは確かに新鮮だし刺激的であったけれど、たった1ヶ月の滞在でいったい僕はインドの何を見たと言えるだろう?たぶん、ほとんど何も見ていないし、わかってもいないんだろうと思う。旅人として上辺をなぞったにすぎないかの地ですごした瞬間たちは、すべてほんの小さな一欠片にすぎないし、その欠片を拾い集めても、何も出来上がらないかもしれない。

ただ、それでも、それでも。あの帰路の飛行機で思い返していたインドでの記憶と、レイ・ハラカミの音楽と、わずかばかりに活気を帯び始め1日の始まりを告げる東京のすがた。それらはインドにおける束の間の非日常と、そこからふたたび舞い戻るだろう日常をわずかに交錯させる。それは僕が唯一確かに手に入れたと信じられる、微熱を持った豊かさであった。

19歳、トルコ、羊飼い。

旅先としてトルコを選んだ理由を訊かれても「何となく」としか答えられないし、たぶんどこでもよかったんだと思う。けれども懲りずにまた僅かばかりの非日常を享受するために旅に出た僕は、手放しにそれらを愉しんでいた。そして、何かに導かれているのではないかと思ってしまうほどの偶然が巡り合わさって、トルコで僕は、羊飼いになった。

日が傾きかけた頃に羊たちは動き出す。カランカラン、と羊の首に下がる鐘の音がする。羊飼いの師匠はゆっくりと腰を上げて、僕に合図をする。彼らが暮らす小さなゲルの集落以外には何もないただ広大の大地を、口笛を吹きながら羊とともに歩いて、ときおり休んで、また歩く。一匹では動けなくなってしまう羊たちを、群れから逸れさせないようにするのがわれわれ羊飼いの仕事だ。

日が暮れ、あたりは暗くなる。師匠に遅れまいと懐中電灯を照らしながら悪路をひたすらにゆく。朝、集落へと帰るまでひたすら羊たちと共に歩き続けばならない。おぼえたてのトルコ語と辞書を片手に、ときおり煙草を吸う師匠と会話をしたり、怒られたりしながら、ただただ歩く。真夜中、羊たちがいちど休息をし始めたとき、僕らはようやく立ち止まり、焚き火をし、わずかばかりの食糧を取り出して口に頬張る。疲労困憊し、寒さに打ち震え、焚き火の煙に辟易としながら、僕は師匠の隣で羊の皮でつくられた寝袋に包まって、空を見上げた。

空は、燦然と輝く無数の星たちを湛えていた。闇を呑み込んでしまうほどの光が四方に散らばっている。19年間、これだけの数の星が浮かんでいたことに僕はずっと気付かないまま生きてきた。トルコの何もない集落で、12歳の頃から半世紀にわたって羊飼いとしてしか生きてこなかった師匠のような人間を、これまでだれひとりとして知らなかったし、そんな人生への想像力を、僕はこれまで持ち合わせずに生きてきた。導かれるにように辿り着いたあの瞬間の感慨を、僕は豊かさと呼びたい。その豊かさは、いまでも僕のなかに確かなものとして残っている。

そしていま、20歳、東京。

僕はひとりであれこれと昔のことを思い出しながら思索に耽り、コーヒーを傾けている。これまでの旅で手にしてきたような、豊かさに包まれながら。僕は、また「旅」に出るだろうか?わからない。きっとまたいつか出るのだろうと思う。

けれど、べつに旅でなくたって、豊かさは、すぐそこにある。非日常で手にした豊かさに遜色しないそれは、日常でだってやり方次第でいつだって手に入る、やっとそう気付いた。僕がいま対峙しなければいけないのは、「ここではないどこか」ではなく、「ここ」なのだ。目の前のことに向き合って、「日常」をひとつひとつ丁寧に積み上げてゆかなければならないのだ。まだまだ尻の青い20歳の僕には、未来のことなんてぜんぜんわからない。けれど、それこそがたぶん、生きるということなのだろう、そう思う。

だから、もう旅に出る必要は感じない。旅へと出て、そこで何かを感じとったつもりになるのは簡単だ。しかし、「旅」に出る以上、僕らはいつも「家」へと帰らなければいけないし、僕らの人生を構成する大部分は家に帰結する。たとえ旅に出たとしても、旅に何かを期待しすぎるのは辞めよう。旅を日常と切り離して考えるのは辞めよう。僕らはいつだって、家に帰らなければならない。自らが腰を下ろした場所から、出発しなければならない。

ふむ、たまには早起きも悪くないな、なんてことを思いながら、すこし残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がり、依然としてスポーツ紙を広げているマスターにごちそうさまですと告げ、カフェをあとにした。さて、今日、僕はこれからここで何をしよう。何に向き合おう。首から下げたカメラを手につかみ、フィルムを回し、静かにシャッターを切った。

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1 Comments

  1. yusa

    読後にショートムービーを見終わったような心地よさがあるなぁ。
    飲んでたコーヒーが美味しくなった気がした。

    やっぱイモウエ氏文章うまいわぁ

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