Rodrigo Amarante、リスボンですれ違った「異邦人」たち

Rodrigo Amarante、リスボンですれ違った「異邦人」たち彼の名前を知ったのは、ほんの数ヶ月前のことだった。ラテンアメリカ、とりわけブラジル音楽に興味を持ち始めて、その流れでいろいろ聴いた。僕はこれまでどこか異国の音楽を能動的かつ体系的に掘り下げるという行為をほとんどしたことがなく、僅かばかりの音楽的教養はすべて友人などの受け売りだったので、こうして自発的にひとつの土地の音楽に関するあれこれをネットで読んだり人に訊いたりしながら掘っていくのはわりと新鮮な体験ですごく楽しいんなっていまさらながらに気付いた。

なによりもブラジル音楽がすごくよかったのが大きい。もともとボサノヴァが好きで、アントニオ・カルロス・ジョビンなんかを昔からけっこう聴いていたこともあって(エリス・レジーナとこのビデオをジョビンのドキュメンタリー映画のなかで初めて観て、幸せすぎて泣いて、それから元気がないときによくみてる)とても入りやすかったし、ジャンルがボッサから離れていっても、なんとなく重なる部分が見えてきたような気がしたりしてた。「その土地で鳴っている音」ってよく言うのを読んだり聞いたりしたけど、むかしはよく理解できなかったのがなんとなく感覚がつかめるようになってきたような…。いや、わからないな。この間「現代のUSシーンでは絶対に鳴ることがあり得ない音」という形容をどこかで目にしたのだけど、そういうのまだ全然わからない。それでもブラジル音楽を掘り進めていきながら、僕には大きな発見があった。

ホドリゴ・アマランチとの出会い方はすこし特殊で、彼がフロントマンの片役を担っていたリオ・デジャネイロのロックバンド、ロス・エルマーノスを聴いたのが初めだった。Wikipediaか何かで現在このバンドは活動停止していて、ふたりいたフロントマンの両方ともソロとしていまも活動している、という文章を読んだ記憶があるんだけど、このときはまだホドリゴ・アマランチまでは辿り着いていない。そしてしばらく経ってから、音楽をやっている友人のSoundCloud上で共有されている数曲を適当に流し聞きしていたらば、とてもクリーンヒットした曲があった。それをみてみるとホドリゴ・アマランチと書いてある。グーグルに名前を叩く。ああ。ここで繋がる。

ホドリゴ・アマランチはカリフォルニアに在住しているブラジル人アーティスト。過去にロス・エルマーノスや、”Little Boy”というグループなどを組んでいた。ソロでは2013年9月にブラジル、じきに世界各国でファーストアルバム『Cavalo』をリリース。その『Cavalo』がSoundCloudで全曲公開されていたので、あらためてちゃんと聴いたら、あらためてよかった。ポップなものも、サンバっぽい曲調のトラックと振り幅はあるけれど、フォークに収斂するような感じでつくりあげられている。ロス・エルマーノスの熱気溢れるロック一辺倒な感じとは毛色がまるでちがって、静かだけれど、歌としての核がしっかりとあるような気がして、そんなところにやたらと惹かれた。「歌」を大事にしているんだなあ、というのがわかった。

フランスの文化誌”Les inRocks”のサイト上で彼に関する記事(仏語)が公開されていたので読んだ。「異邦人である」という感覚が、彼の人生において大きなものを占めているという。というのもホドリゴ・アマランチは、サン・パウロで生まれるものの19歳まで同じ街に3年以上続けて住んだことがなく、ベースが定まることなく常に新しい場所へと移動しつづけてきたからだ。このアルバムでは、その彼のアイデンティティともなっている感覚を中心につくられている。

とくに”Saudade”(サウダーヂ)という言葉は”Irene”という曲の歌詞のなかにも出てくるが、この言葉は彼にとって大きな意味を持つようだ。日本語と同じようにフランス語でも言うことはあるけれど、ポルトガル語が発祥なのね。

単なる郷愁(nostalgie、ノスタルジー)でなく、温かい家庭や両親に守られ、無邪気に楽しい日々を過ごせた過去の自分への郷愁や、大人に成長した事でもう得られない懐かしい感情を意味する言葉と言われる。だが、それ以外にも、追い求めても叶わぬもの、いわゆる『憧れ』といったニュアンスも含んでおり、簡単に説明することはできない。(Wikipediaより)

「サウダーヂとは不在の存在のことである。ポルトガル語圏の間で僕たちブラジル人は唯一、サウダーヂという言葉を動詞や形容詞としてでなく名詞としてつかう。「サウダーヂ」とは具象的であり、われわれのアイデンティティの一部を占めている。ブラジルのアーティストはそうしてこの感情とともに多くのボッサの曲を世に送り出した。それはまず僕たち自身を豊かにする感情なのだ」と上記のサイトでもホドリゴ・アマランチの言葉が引用されていた。

そしてたまたまフランスのラジオ”France culture”で特集が組まれているのも発見して、インタビューを受けていたのも聴いた。ひとつ語っていたことを拙訳。

“ここ最近は、内容よりもむしろテクスチャに力が込められている歌が増えているという印象を持っている。ひとびとはテクスチャという音楽の形式のほうにばかり興味を示して、もう彼らが何について歌っているかなんてことにあまり耳を傾けなくなってきている気がするんだ。だからこそ僕は、このアルバムのテクスチャを「最大限に空に」することに決めた。僕は曲制作の過程で歌詞のひとつひとつに丁寧に働きかけた。「歌」へと戻るために”(France culture Radio出演時インタビューより)

ホドリゴ・アマランチさんは詩なんかも嗜んでいらっしゃるようで、そういう「言葉」の魅力を歌詞を通してつたえようとしている。彼はアルバムに収録されている11曲のなか、母国語であるポルトガル語、そしていま彼が住んでいるアメリカで修得した英語、すこしだけ話せるフランス語の3言語で歌っている(あと、実は日本語の詩の朗読が挟まってたりもする)。とくにフランス語で歌われた”Mon Nom”(わたしの名前)、言語はもちろん、歌詞が何となく、フランスに来ている僕の心境ともオーバークロスするのでよく口ずさんでいた。

“Je suis l’étranger. Et ça peut se voir. je ne parle pas tout à fait comme toi. je viens de la plate-bande. Les aubergines se violacent dès l’aube. Elles sont comme moi.”(僕は異邦人だ/どうみたってわかるし/君とまったく同じようには話せない/僕は花壇からやってきたのだ/茄子は夜明けと共に紫色に染まる/まるで僕のよう)

フランス語で1曲歌っていることについてもラジオのインタビューでいろいろと話していたけれど、そういえば僕もさいきんこんなツイッターでこんなことを書いていた。

言葉の響きが十分に強いので、テクスチャとしてフランス語でメロディを歌うと前に出て過ぎる気がするんだよね、という最近抱いた雑感。これに関しては直接言及はしてなかったけど、でも先に述べた「歌を歌うための言語」としてフランス語は相応しいんじゃないかな、と思う。

とまあ、グダグダと語ってきましたが、その過程で6月頭にポルトガルのリスボンでライブが開催されるというのを知る。そのとき、たまたま友達とポルトガル旅行の話が浮かんでいたので、これはいい機会だとおもって思い立ってリスボンへと向かうことにした。思い立って異国の地へ。気になるミュージシャンがいたとして、調べてみたら実際ヨーロッパさらには近隣のどこかでライブがあったりする。留学でフランスに来ている僕にとって、そういうライブの都合に合わせていろんな国へと旅行するのは、まず第一に旅行にわかりやすい目的ができるということ、そして普通に観光しているだけではいかないような場所に足を運ぶという意味でもいいやり方だった。基本ライブなんて現地のひとばっかりだし。この前書いたThe High Llamasを聴きにロンドンを旅行したのもまさしくその流れ。

さて、マルセイユからリスボン行きのチケットを手にし、さあホドリゴ・アマランチのライブのチケットも買うぞとインターネットを徘徊したところ、オンライン販売しているサイトは見つからない。たまらずライブ会場にメールを打ってみたら、「ネットではチケットは販売しておらず、リスボンにあるいくつかの指定店舗のみでの販売となっています。残念ながらおそらく当日までには売り切れるでしょう」との回答が。むむむ。雲行きが怪しくなってきた。

ライブ当日の昼間にリスボンに着いて、すぐさま販売店舗へと駆けつける。が、やはり売り切れ。完全に売り切れている。そのあと会場に改めて電話してみても同じ返答。はあ、せっかくリスボンまでわざわざやってききて、僕は目と鼻の先にいるのに観れないのか・・・とたいへん落胆すると同時に、この時代にインターネットでチケットを予約できないとはいったいどういうことだという怒りもふつふつと沸き上がってくる。僕は1ヶ月くらい前にすでに公演の存在を発見していたというのに。フランス(ひいては日本)からわざわざリスボンまでやってきたというのに。

失望を隠せないまま、友人と中心街に位置するフェルナンド・ペソアの銅像がある有名なカフェでぼうっとしていたら、向かいの広場にたくましいあごひげを蓄え、グラサンをかけた見知った顔が視界のなかを通り過ぎる。すかさず隣の友人に「あれってもしかして…」と言って、すこしの躊躇したものの気付いたときには席から立ち上がり、彼に話し掛けてみていた。”Excuse me, are you Rodrigo Amarante?” “Yes”。

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僕はやたらと昂奮して留まることなく話しまくった。アルバム『Cavalo』が最高だったこと、リスボンでライブがあると知ったのでやってきたこと、ずっと問い合わせてたのに結局売り切れて失望していること、などなど。彼はすごく陽気ないい兄ちゃんだった。気張ったところがまったくない。そして最後に彼は「名前とメールアドレス教えて。約束はできないけど、僕のほうからライブハウスに掛け合って招待できるか確認してみるよ」

なんとまあ。と、驚いたけれども、話しかけた時点で実はすこしだけその目論見もあったということを否定できない。それでも昂奮しながら、連絡先を紙切れに書こうとして取り出したペンが3本連続でインク切れだったという失態をものともせず、宜しくお願いしますとホドリゴ・アマランチに紙切れを渡して挨拶をし彼はその場を立ち去った。そして僕は不思議な面持ちで、若干の昂奮を引きずりながらカフェを飲み干して、この後数時間のリスボン観光をじゅうにぶんに楽しんだ。しかし、リスボンほんといい街なので、欧州旅行を考えているかたにはポルトガルをぜひおすすめしたい。

数時間後、メールボックスに一通のメールが届く。”You’re on guest list for Rodrigo Amarante. See you tonight!” ははあ〜!いやあ嬉しいねえ。こんなことってあるもんなんですね。異国のさらに異国の地でお目当てのミュージシャンと街ですれ違って、ライブに招待してもらうというのは我ながら強運もいいところだ。宴じゃい!と友人と喜び、この日はリスボンの美味い海鮮料理をいただいた。しかし、リスボンほんといい街なので、欧州旅行を考えているかたにはポルトガルをぜひおすすめしたい。です。

さらに数時間後、僕らはライブ会場についた。もう開演の時刻はすこし回っている。受付を通って、階段を昇っているところで音が流れ始める。”Cavalo”の1曲目より”NADA EM VÃO”。慌てて会場へ飛び込んだら、ほんとうに満員満員の人だかりができていた。

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アルバム収録曲の11曲はぜんぶやったのかな。と、カエターノ・ヴェローゾのカヴァーもやっていたかな?彼には個人的にかなりの影響を受けているという。ただ新曲などは披露されず、1時間やそこらで終わったけれども、それでもこのライブ会場に辿り着くまでの展開もふくめ、たいへん満足したライブだった。満員だったということもそうだけど、ポルトガルでもかなり人気なようで、けっこうみんな歌詞を口ずさんてたりしていて、こんな知名度だったんだって吃驚した。なみにライブ会場、けっこうサブカルくさい地元の若いポルトガル人がたくさんいたんだけど、かなりの兄ちゃんがアゴヒゲをぼうぼうと生やしたホドリゴスタイルで、このルックサブカル男子の間で流行ってるのかな、っておもった。格好いいけどさらにグラサンなんか掛けてると見分けがつかない。

そしてホドリゴ・アマランチが公演終了後会場まで降りてきていたので、”Cavalo”のレコードを買って挨拶にいった。ヘイー!っつって、ほんとうに陽気ないい兄ちゃんだ。いまいちど感謝を告げ、ライブの感想を告げ、レコードにサインをもらった。「ちょっと待って思い出すから」と言って、しばらく考え込み、「雨」という字を漢字でレコードに書いて、ひたすら雨粒をレコード上四方八方にちりばめ始めた。え、日本語わかるの!ちょっと習ったんだよ。日本が大好きで。ちかいうちにぜひ来日し、ライブをやりたいという。日本語ももっと習いたい、興味がある、そんな話もすこししてからお別れを告げ、僕らはライブ会場から帰路についた。いい日だったなあなんて言いながら、リスボンの夜を歩いて帰る。

ちなみにこの話にはオチがあって、オリジナリティ溢れるサインをいただいたホドリゴ・アマランチのレコード、僕はポルトガルを後にしたあと他国を旅行する予定だったのですぐにフランスに帰る友人に預けていたのだけれど、奴はマドリードの空港で座席に荷物を置いてトイレへ行って戻ってきたら、なくなっていたそう。悲しい顔をして謝ってきた。せっかくのレコード、写真すらも撮っていなかったのでいまは世界のどこかのだれかさんのもとということである。こうなると、ホドリゴ・アマランチさんに念願の来日を果たしてもらっていまいちどサインをもらうしかないですね。いつになるかしら。


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