21歳、異国で泥にまみれながら

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腰を上げて、汗を拭い、辺りを見渡そうとするとふいに立ち眩みに襲われた。すこしして取り戻した視界の先には、ただただ広大な土地があって、数百数千と残っているキャベツの芽がケースに積まれている。僕はいま、異国の地、フランスのプロヴァンスでひとり、だだっ広い畑でひたすらにキャベツの芽を植えている。終わりの見えない単純作業に気が遠くなりながら、泥にまみれた腕で汗を拭う。

立ち上がってぼうっとしているとさなか、ふいに自身の身体を自覚した。燦々と照りつける太陽の日差しを受け、地中海からやってきただろう南風に吹かれて、農作業で泥だらけの自分自身の身体が、ここにしっかりとある。奇妙な感覚だ。左手をすこし挙げて、返した手のひらをまじまじと見つめながら、そして思う。この身体と共にいっときも離れることなく21年間やってきたのか、と。…きょう、僕は21歳になった。

ちょうど一年前のこの日、僕は東京、新宿で当時所属していたふるえるゆびさきというバンドでライブをした。ライブが終わったあとにメンバーでラーメンを啜りにいって、吸い殻が積もってゆく灰皿を見つめながら、いつものようにくだらない話をしていた。

18歳、19歳になったとき、それぞれ自分自身に向き合って何かを考えようとした。あるいは何かに考えさせられたといったほうが正しいかもしれない。そうしてどうにか歪だけれども、文章の形に落としてこのブログに公開した。(“Yesterday, I was 17.”)、(19歳、風呂場でのぼせるまで)。しかし、僕にとって「20歳」はあまりに象徴すぎた。あまりに象徴的に捉えすぎていて、けっきょく澱み始めた思考はまとまらず、苦しみながら紡いだ言葉に満足できず、記事を公開することもなかった。考えようとしすぎて、なにも書き落とすことができなかった。もうすこし苦しめばよかったのかもしれない。けれど、いまさらどう足掻こうがそれが僕の「20歳」だったことには変わりない。

20歳になったばかりのとき、宮崎駿の『風立ちぬ』を観た。そのなかで「創造的人生の持ち時間は10年だ」という台詞があって、それはほやほや20歳の僕にとって深い印象を残したのをおぼえている。必然的に僕にとっての創造的10年間はいつなのだろうと考え、そしてそれは、あるいはいまから始まる10年間かもしれない、とも思った。なにかをつくるプロセスは、大いに実りのある時期だ。「成長」と呼んでもいいかもしれない。なにかに向き合ってこれまで培ったものを放出してゆくプロセスは、成長のあかしでもあり、また成長そのものでもあると思う。

さて、そのもしかすると創造的かもしれない10年間のうち1年が過ぎ去った。この1年、なにがあっただろうと思い返す。2013年8月にふるえるゆびさきで1枚ディスクを世に送り出し(しかしアレは僕らの「10代」の産物であろう)、そのあとは海の外へと渡ってあまり変わらぬ日常をすごしただけだ。「創造」?「創造的10年間」?なにかを創って世に送り出すということに関しては、ほとんど無といって等しい。そもそも、海外へと留学していたという環境の変化も大いにあるとはいえ、創造に対する姿勢に欠けていた。どちらかというと、僕のこの1年は「蓄積」という言葉がふさわしいような気がする。それが「成長」と呼べるのかわからない。

けれど、そんなものなんだろうな、と思う。べつに変わらない。1年前まで僕の周りにいたひとたちも、べつに大して変わってないのだろう(きみたちに逆説的ハッパを掛けています)。ローマは一日して成らないし、なにか大きなものごとは1年では産まれない。大きな変化は、目に見えるスピードではなされない。地盤は数年数十年かけてゆっくり動いていく。その方向性さえ正しく、美しくあればよくて、あとは地道に手を動かすしかないのだ。

たとえば僕は今日、19歳だったころのブログを読み返し、自意識を拗らせ感情が剥き出しになっている文章はもう書けないなと苦笑しつつも、いま考えていることとあまり変わらないので驚いた。

モラトリアムというのは素敵な言葉だと思う。「人間の成長の中で社会的責任を猶予される期間」。たぶん誰も社会的責任なんて負いたくないんだ。「責任」なんて一丁前の言葉で、だれしも結局は縛られている。義務も責任も結局は同じ言葉だ。社会に出ることとはそういうこと。窮屈な場所に体を押し込めること。そんなものが猶予される期間。最も身の軽い期間。ひとは老いるごとに、汚れを身に堆積してゆく、「社会」というものに適合しようとすればするほど、体は重くなる、不要なものたちに束縛されてゆく。これが人間の営みなんだろう。

(…)

僕らに与えられた、残り僅かなモラトリアムは、思考停止する期間じゃない。積極的に考え続けるべき期間だ。ここで考えるのをやめたら、いつまでも考えることができるようにならないまま人生が終わると思う。いつまでも17歳の幻想に取り憑かれたまま消えてゆくと思う。目をそらさないで、自分と対話し続けなければならない。それが唯一の方法なんだ、と、自分に言い聞かせて、風呂場を出た。いつしか叫べるように。

モラトリアム。新たに突きつけられた21という数字は、僕に現実的な意味を伴って迫ってくる。そういう意味では象徴的すぎた「20歳」と対をなす。どれだけのモラトリアムが僕に残されているだろう。具体的な数字から逆算して、なんとなく将来を考えることも多くなった。それはもうすぐ選択をしなければいけないときが近づいているからでもあるだろう。ここから遠く離れた日本という国で暮らす若者の多くは、22歳で大学卒業と同時に就職し、社会に出ていくという。僕もそれにふくまれるとするならば、あと1年とすこしでそれまで16年間共に過ごしてきた学生という肩書きを失い、なんらかの形で「社会的責任」を負うことになる。それは19歳の頃に必死に歯向かおうとしていた仮想敵である。

いま、変わった点があるとすれば、それも悪くないんだろうな、と思えるようになったことだ。たしかにひとは社会に出ることで汚れを堆積してゆくのかもしれない。なにかに束縛されてしまうのかもしれない。けれど、その汚れも美しくなりえるのだ。ぼんやりとだけれどそう思えるようになった。それはまるで、畑仕事で身体にまみれた泥たちが、太陽の光でキラリと輝くあの瞬間のようなものなのかもしれない。汗と泥の結晶が、太陽に照らされるその瞬間。その一瞬の煌めきは、多くを物語っていて、ときにとても美しい。

永遠に終わらないかと一時は思わず立ちすくんだ畑仕事も、数時間身体を動かし続けた末にきちんと一区切りを迎えた。あとは丹念に水をやって、ときおり雑草を抜いてと定期的に手をいれれば、やがて花が咲き実がなるだろう。ハラを決めて選択して、いくら時間がかかろうが、ものごとはすくなくとも前に進んでいく。僕はたしかにその選択をじきに迫られているのかもしれない。選択の仕方はそれぞれだろう。ちかくの市場で不足しているものがあれば、それをやればいいし、手がかかるせいでほかのひとがやりたがらないものをはじめたっていい。自分が好きなものだけを育てたてかまわない。なんだっていいのだ。ただやると決めたなら、賢くないといけないな、とも思う。無秩序に芽を植えていったって実りはしない。ただ同時に、ものごとが常に正しくある必要はまったくない。ある種の賢ささえあれば、自らとの対話を怠らなければ。間違えたらやり直せばいい。1年目から大豊作なんて稀だ。1年目で学んだことを、2年目3年目で試行錯誤していきながらすこしずつ変えていけばいい。僕らの進む道のりは泥だらけだっていい。どの道を選んだってかまわないが、その道を進んでゆく姿が、美しくあればいいなと思う。

賢く、美しくあろう。ついさきほど植え終えた数千というキャベツの芽たちが太陽にきらめく姿を見て、わずかに口元を弛めて、僕は畑をあとにした。いつしか大きい花弁をまとえる日を夢想しながら、また同時にきょうの食事はなんだろうと考えながら、力を込めて地面を踏みしめてゆく。


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