ブルキナ日記 #01 | というかなんで、ブルキナファソなんかに

ブルキナ日記 #01 | というかなんで、ブルキナファソなんかに「ブルキナファソに留学に行く」と伝えたら、おもっていたより多くの人が「どこそれ?」と怪訝な顔をする。西アフリカ、コートジボワールとかガーナの上、マリの下だよ、などと簡単な地理を説明すると「それっていま流行ってるエボラ熱とか危ないんじゃないの」というもっともな指摘が飛んでくる。僕もすこし深刻な顔をしてみせながら、ブルキナファソにはまだ来ていないし、国境で接している周辺国にもまだ感染者はいない。もちろん日本にいるよりリスキーだけど、ウイルス自体は案外弱くてちゃんと対策をすれば…と長々とした講釈もどきを始めようとすると、それを遮り「というかなんで、ブルキナファソなんかに」と核心に迫ってくる質問にたどり着く———さて、なぜだろう。まさしく同じ質問を、ブルキナファソの首都ワガドゥグに着いて1週間が経ったいま、自身に投げかけている——というかなんで、ブルキナファソなんかに。

 

話変わって、僕は異国の地で迎える最初の朝が好きだ。

異国へと降り立った最初の日、宿に着いてから適当に腹を満たしがてらあたりを散策したくらいですぐに疲れ切って、時差ボケなんかも影響してはたりと眠ってしまう。翌朝、いつもより早くばちんと目が醒め、いつもと違う天井に気づいてから「ああそういえば僕は異国にいるんだ」なんて思い出して、奇妙な違和感とともに外へと繰り出す。

朝の冷気に包まれ、見慣れぬ光景や人々を目にして街を歩いていると、なんだか途端に愉快な感情に襲われる。これから迫りくる新しい旅、あるいは暮らしに心がふと躍らされる。僕にとってそういった高揚は、出発前日でもなく、飛行機に乗っている間でもなく、いつも異国に着いた最初の朝にやってくるのだ。ああ、なんだか愉快だなあ、非日常だなあとか思いながら、さらに足取りは浮ついてゆく。

 

ブルキナファソの首都ワガドゥグには、ちょうど夜明けの頃合いに着いた。目が醒めたころにはすでに飛行機は着陸体勢に入っていて、窓の外にはアフリカの大地が、顔を出そうかとしている朝日によって少し赤みを帯びていて、それはあるいは土の赤みだったのかもしれない、そんなことはどうでもよくて、とにかく僕はやってきたのだ、アフリカ、ブルキナファソへと。

まだ早朝である。なにも焦ってはいない。他の乗客が出て行くのを待って、その最後尾について機体から外に出る。はじめてアフリカ大陸の大地を踏む。途端に僕の身体を包んだのは、「朝の冷気」などと形容できるものではなかった。それはまぎれもなく「熱気」と呼ぶべくものだった。相当な水分を含んだ、身体にべたりとまとわりつくような熱気。季節は9月の終わり、雨期がちょうど終わりに差し掛かるかというところである。その感覚にひとまず驚き、不快感までをもよおすその熱気は、僕のつかの間の期待に蔭を差す。もしかしたらとんでもないところに来てしまったのかもしれない、と。

 

その不安は杞憂に終わ——ったわけではなかった。赤道から遠くないに西アフリカに位置するブルキナファソは、常夏の国である。基本的に一年を通して常に暑いと思ってもらってよい。雨期と乾期の境目である10月でも日中は気温は40℃を超し、暑さでとても昼間は長時間歩いていられない。外出して数分も経てば、拭う間もなく次から次へと汗が吹き出てくる。しかも内陸国であるので、気温は他の海に面する近隣諸国よりも上昇し、風もなければ、晴れた日は砂が俟っている、過酷な環境である。
また、ブルキナファソは50を越すアフリカ諸国と比べても、発展が遅れた小国である。かつてはフランスの植民地下に置かれ、「アフリカの年」である1960年に「オートボルタ」という国名で独立した。しかし、独立から40年以上立ったいまも、識字率は世界最低基準の30パーセント、農業を除けば取り立てて目立った産業はなく経済的にも恵まれてるとはいえず、インフラの整備は遅れている。首都ワガドゥグでも、電車の類いは存在せずバスをはじめとする公共交通機関もろくに機能していないため、町中では車とバイクの往来がめまぐるしく、四六時中排気ガスと赤い砂を宙に舞わしている。ひとたび大通りから小道に入れば舗装もなくなり、凹凸をなんとか避けながら道を進まなければならない。

 

なによりもまっさきに目に映るのは、街を往来する無数の黒人。外国人なんてぜんぜんいない。僕の肌の色はまるっきり異なっていて、街をゆくととたんに彼らの好奇の(あるいは、奇異の)視線が僕のもとへと注がれる。東南アジア、インド、トルコを旅したときも、小さな街を出歩けばとたんに皆の視線が集まったのを思い出す。町中に漂ういわゆる「途上国」の空気感というものがあって、国はちがえどどこかひとつに帰納できるものがあるように思う。僕らは(とりわけ、男性は)「他者の視線」に慣れていない。だからこそ「外国人」としてより他者の視線を浴びることになる途上国では、ある種の奇妙な感覚に見舞われるのである。確かにアフリカ、ブルキナファソもその例には漏れない。ただ、この街を歩き回りながら、僕は根本的に「何か」がちがうことを感じ取る。

 

その「何か」とはなんだろうか。ボヤボヤと考えながら、滴る汗を拭る。この茹だるような暑さ? 人々の肌の色? 彼らの暮らしぶり? それらはたしかにほかのアジアの国々とはちがう。けれど、もっと根本的な何かが異なるのだ——そしてようやく思い当たった。いや、もともと気づいていたのだけれど、きちんと向き合おうとしていなかったというほうが正しいかもしれない。それはこの街の風景のなかに存在するのではなく、もっと僕の側にあるものであった。僕は、旅人としてこの街にきたのではない。これから暫くの間、この街に腰を下し、きちんとそれと向き合おうとしなければいけないのだ。うわべだけを掬い上げる気の抜けた観光客ではなくて、つかの間でも僕はこの光景を構成する1ピースになるのだ、と。一時的な逗留にすぎずとも、暮らすというのは旅人であるということとはまったく異なる自覚を要する。それが昨年1年間フランスに留学して学んだことのひとつでもある。

 

何をしにきたか? はじめの問いにシンプルに答えるとするならば、僕はたんに留学に来た。ブルキナファソ国立のワガドゥグ大学で、アフリカ文学と映画を専攻する。フランス語圏であるので、授業や暮らしはフランス語で事足りる。また同時に、いくつか理由はあるのだが、ブルキナファソではサハラ以南のアフリカ圏のうちもっとも大きいFESPACOと呼ばれるアフリカ映画祭が2年に1度開催されており、それにもぜひ関わりたいと思いブルキナファソを選んだ。そういったことはまたの機会に改めて詳述するとして、それらの事柄は「というかなんで、ブルキナファソなんかに」という問いの本質的な答えではないように思う。なぜアフリカで、なぜブルキナファソで、なぜアフリカ映画なのか。なにが僕を掻き立てているのか。

 

おととい、たまたま巡り合った文章に触発されて、“「未だ想像もできないものへの憧憬」、だれかのことばにドキリとすること”という文章を書いたのだけれど、それを書きながら、先の問いに対するひとつの抽象的だがはっきりとした回答が見えてきた。僕は、僕の想像が及ばないなにかに、日本での暮らしでは出合えないであろうなにかに出合いたいのだ。そうした「未だ想像もできないもの」との出合いへの憧憬。なかば盲目的にそれを信じ込んで、わざわざこの常夏の国にやってきたのである。

 

これから「ブルキナ日記」と題して、ここでの暮らしについての日記をなるたけ付けていこうと思う。そのなかで、僕が以前は想像すらできなかった何かについてをなるたけたくさん書くことができればいいなあと思う。そして同時に、僕がこれから書いてゆくことが、なるたけ多くのひとにとっても同様に「想像していなかった何か」であればいいなあとも思う。

 

ところで、最近は極力こんなポエムにはならないように気をつけたいとは思っているんだけれど、僕もしかしたら生粋のいわゆる「ポエマー」なのかもしれない。だって「ここワガドゥグでも変わらぬ満月の夜は更けてゆく。」で文章を締めようとしてたんだぜ。重症だ。満月なんてもう1週間くらい前の出来事だったのにね。ともかく、まあ頑張ろうとおもう。生きるのってかなり楽しいし。

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(2014年10月 ブルキナファソ、ワガドゥグで撮影)


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4 Comments

  1. Gengo

    すごい!
    Aixではすれ違いでしたが、何やら得体の知れないエネルギーを感じる存在でした。ブルキナファソは台湾人の友人が一年間中国語を教える為に滞在していましたので何となくイメージはできます。
    日記楽しみにしています。

    1. イモリ

      返信が遅れてしまいました。コメントありがとうございます。ブルキナファソは中国でなく台湾と国交を結んでいるので(おかげで中国当局とは険悪)、台湾人がわりといるらしいですね。まだひとりも会ったことはないですが。ヨーロッパの暮らしからのコントラストは、ある意味スリリングです。

  2. みい

    ブルキナ留学すごいです!
    私もブルキナにボランティアに一年いたのですが
    いいところですね(*^^*)
    大統領が変わると聞きました(。>д<)
    街は平和ですか?

  3. イモリ

    コメントありがとうございます。1年もいらしたのですね。ほかのアフリカの国々とくらべると何もないといいますが、魅力はいろいろとありそうです。おっしゃる通り、コンパオレ大統領が失脚しいまは軍が政権を掌握している状況dえす。街はいまは平穏に戻りましたが、一時はどうなるかと思いました。それについても近々書ければと思います。

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