奈義町現代美術館、快と不快のあいだで

奈義町現代美術館、快と不快のあいだで何気なく雑誌のページをぱらぱらと繰っていたら、岡山県奈義町に現代美術館があるということを知った。奈義町は、毎夏帰省している田舎から車を10分も走らせれば着いてしまうちいさな隣町で、親戚も住んでいるため何度か訪れたことがある(国道53号線!)。それにもかかわらず、そのページにたまたま目を落とすまでは、そんな近場に高名な現代美術館があるとは思いも寄らなかったのだ。灯台下暗しというやつである。

今夏もちょうどいま2年ぶりに帰省しているので、母と親戚の挨拶がてら現代美術館をめざし奈義町へ向かった。奈義町には自衛隊の日本原駐屯地があり、道程、大きな駐屯地の門構えのむこうに空軍のヘリコプターが見えて少々興奮した。車を停め、写真を撮っていいか、と軍服の警護のひとにおそるおそる訊いてみると、丁重にお断りされたのではあるが。こういうの、さし当たりがないのであれば、どんどんSNSやらインターネッツでシェアさせたほうが自衛隊志願者は増えるんでねーのと短絡的なことを思っているのだけどどうなのだろう。国防上兵力が共有されてしまうとやはりまずいのだろうか。

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さておき、奈義町現代美術館(Nagi MOCA)。奈義町のどうしようもない地方の田舎感(どう形容すればいいのかわからない)のつづく風景のなかに、ひょっこりと不自然な空間が顔を出す。このきれいに整備された芝生のうえにそそりたつ奇妙な建築群は、あからさまに異質である。1994年に磯崎新のプロデュースのもと、作品と建築が半永久的に一体となった新しいタイプの美術館としてオープンしたそうだ。荒川修作+マドリン・ギンズ、岡崎和郎、宮脇愛子という3人(組)のアーティストが、それぞれひと部屋全体をつかった体感型の作品が常設展示として公開されている。それを除けば、企画展示があるのみで、少々小ぶり感は否めない。

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まずはじめに、彫刻家の宮脇愛子 《うつろひ – a moment of movement》という作品が展示されている「大地」と名付けられた棟を足早に抜けると、奥には三組のアーティストたちの習作がいくつか公開されている。そこから左右にゆくと、それぞれ「月」と「太陽」という展示室にたどり着く。

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展示室「月」。鉄をあつかう彫刻家の岡崎和郎の《HISASHI-補遺するもの》と題された作品は、大きな白い壁に挟まれ、三日月のかたちをした大きな空間そのものである。入ってすぐに、足元に砂のようなものが敷き詰められていると気づく。一足踏み出すたびに、その閉ざされた−−しかし光に満ちた−−空間に、自らの足音、砂との摩擦音が谺となって響きわたる。その反響が面白くて、しばらくは足を踏み出しながらリズムをとってみるのだが、次第にある種の心地悪さを覚えはじめる。わたしの一挙一動が、すべて音となって返ってくることに、徐々に落ち着かなくなってくるのだ。横には石のベンチが置かれているが、その造形は「座る」という椅子のもっとも原初的な目的を拒んでいるかのような佇まいである。もう一方の壁から突き出た3つの金属の物体は、庇なのであろうということが作品の題からも了解されるが、しかしこちらも雨風を遮るという庇の役割はとうてい果たせそうにない。わたしが歩み続けているあいだ鳴り止まぬ跫の反響からも、守ってくれそうにない。どこかこの谺から逃避すべく地点はないものかと歩きまわりながら、「補遺するもの」という表題の意図せんことに思考をめぐらす。石のベンチも、金属の庇も、はたしてその絶え間なく音が飛び交う空間に、いったいなにを「補遺」しているのだろうか? そう問いを立てた瞬間、わたしははたと気づき、足を止める。ベンチに座る、庇のしたで雨風を凌ぐ。わたしという主体が、身体を休めた/停止した瞬間にこそ、わたしを追いかけつづけていた音も、なにもかもが消え失せるのである。主体的に停止するということを自ら選択してはじめて、われわれに束の間の休息が許されるのだ。したがって、ベンチも庇も、あくまで休息そのものを与えてくれるものではなく、休息を「補遺」するものでしかありえない。しかし、主体的な身体の停止を持続させることは、思いのほか難しい。ベンチも庇も、さきほど述べたように、それぞれの機能を果たさないように(真の休息を気づかせる手立てとなるために)設計されている。その空間に耐えきれなくなって、わたしは外へ出て、展示室「太陽」へと向かった。

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ひどく狭くて昇りにくい螺旋階段をあがったさきに待ち受けていたものに、わたしは息を呑む。荒川修作+マドリン・ギンズ《遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体》である。磯崎新が、荒川修作の死に際して、20世紀後半の日本を代理表象するものは、岡本太郎『太陽の塔』と荒川修作『奈義の龍安寺』があれば十分だ、という弔辞を送ったらしい。しかし、いったいどんなものであるかと期待を膨らませながら展示室「太陽」に入ったさきに待ち構えていたものは、わたしが想像だにしていないものだった。それは「生理的不快」である。

個人的にわたしは京都の龍安寺の石庭が好きで、これまでも幾度か足を運んでいるのだが、あの縁側に座り石庭を眺めているときの、時間が止まったかのような精神的平安とは、まったく似ても似つかぬ不快感が、その場でただちにわたしを襲った。それは奇妙な螺旋階段を昇っているときにすでに準備されていた。平衡感覚を失いながら、さらに傾いている展示室「太陽」に入る。遅れてはいってきた母は、「なにこれ、気持ち悪い」と一言発し、すぐに退出した。わたしはそこで何とか気持ちを落ち着かせようと、同じく傾いたベンチに腰を掛ける。目の前には、太陽光をいっぱいに取り入れた白い膜があり、左右には垂直に立った石庭がある。そのあいだに置かれているシーソーと鉄棒。上を見上げるとわたしのいる地平と同じように、ベンチとシーソーと鉄棒がぶらさがっている。いったいわたしはどこにいるのか。強い目眩を感じながらも、平安をもとめて覚束ない足取りで、どうにかバランスを取りながら歩き回ってみる。カメラのシャッターを切ってみる。

そのあと、わたしはおそるおそる地面に横たわり、なんとか気持ちを落ち着かせようと目を閉じた。ときおり、静謐とした閉じられた空間の中まで、自衛隊の飛行機のエンジン音が届く。そうか、ここは自衛隊の駐屯地のある奈義町なのだ。近ごろの安保法案をめぐる動向で気を煩わせていたわたしには、その音は特別な意味を持っているような気がした。

長々とした荒川修作+マドリン・ギンズのキャプションが、「太陽」の外に掲げられている。わたしの鈍い頭では、その文章の大方は理解できなかったのだが、そのなかの一部分を抜粋して紹介しよう。

あなたはシリンダーの中に入っていく、しかし、もしあなたが動作をつかさどる肉体として入っていったのなら、途端に無に帰するでしょう。一度均衡状態が崩れると、おそらく同じように、シリンダーによってしか、それを回復することはできないのです。
(…)
シリンダー内では肉体が、かつてないほど完璧に環境の中の存在として人間を認知させます。肉体はシリンダーあるいはシリンダーのシンメトリーに対して自己を失います。シリンダー内のすべての物体、あらゆる面、さまざまなズレが、かわるがわる、肉体によって自己を導きます。

これはいったい、どういうことだろうか。わたしなりの解釈を寄せてみる。ふだん、わたしという身体の自己同一性は、肉体の物理的輪郭線とぴったりと重なるようにわれわれはこれまで訓練を重ねてきた。しかし、いちど「シリンダー」のなかに入ると、奇妙に傾いている場所そのものの不均衡のなかで、「生理的不快」に襲われ、その同一性が失われてしまう(あるいは、同一性を失うことが生理的不快をもたらす、というべきか)。そのときにわたしの新たな身体のアイデンティティと成り代わるのは、《奈義の龍安寺》の左右の壁面の石庭と、地上/天井のシンメトリーにつつまれたひとつの肉体である。わたしの身体は、「シリンダー」まで拡張する−−−。

正直にいって、わたしはこの謂には首肯しかねるーーーたしかに、均衡状態を失うことで、わたしは同時に自己を失った。しかしながら、あの「シンメトリー」のなかでは、ふたたび自己を見出そうと試みていたのかもしれないが、「シリンダー」を媒介にすることでその目的を果たすことはできなかったし、これからもそれはできないように思う。それくらいに「生理的不快」は、有無を言わせぬ強度を持っていたのである。ひたすらに目眩を覚えながら、ふらふらとした足取りで起き上がって、あたりをもういちど眺めた。たしかに、この空間は、途方もなく奇異で美しい•••。

◇ ◇ ◇

 わたしは逃避するかのように、どうにか螺旋階段を降りてはじめの展示室「大地」に戻り、《うつろひ》の前に設置されているベンチに腰を掛けた。わたしはようやく大地に戻ってきたことに安堵する。見覚えのある空の碧に感激する。「太陽」も「月」も、けっきょくのところ人間が安住できる場所ではなかったのかもしれない、とクサいことを考えてにやりとする。

しずかな水の音に耳を澄ますのはじつに心地よかった。依然として、《奈義の龍安寺》による目眩は、まぶたの裏に残ったままだったが、不快感は一枚一枚、すこしずつ剥がされてゆくようだった。細いステンレスの棒たちは、風をうけてわずかに揺れている。風はまた同様に水面をも揺らす。すこし上を見上げると水面が反射した日光が揺れている。水は溝に落ちて、控えめに音を立てる。耳をすますと、落ちる位置によって水音の音程がちがっていることに気づいた。複数の水音が奏でる不思議なアンサンブル、そして空と水の碧の共鳴。わたしはひさしぶりに深く息を吸って、吐いた。その単純な動作を、気がすむまでなんども繰り返した。

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美術館をあとにして、緑のまぶしい芝生の道を横切る。暑い。蝉の鳴き声がする。奈義町という岡山の田舎に、かの現代美術館があるというのは、へんなものだ。これからも夏には岡山へと帰省することになるだろうが、おそらく、わたしはもうふたたびあの美術館を訪れることはないだろう。じつを言うと、これを書いているあいだにも、また頭がくらくらとしてきているのだ。あの生理的不快は、もう思い出すだけでぞっとする。もはやトラウマのひとつといってもいいーーーしかし、よくいわれるように、作品は絶対値で評価しなければならない。不快をただ不快と片づけてはならない。憎悪も愛の一種であるように、 不快も快の一種なのだろう。そこに何らかの強い感情が喚起されたということこそに、価値があるのだといわなければならない。

さいごに振り返ると、展示室「太陽」は、「シリンダー」は、まっすぐと太陽の浮かぶ南の方角を向いて聳え立っている。あの内部の空間では、いままでも、これからも、ずっと時間は止まりつづけているのだろう。また目眩がしてきた。これまでがんばったのでもう筆を措かせてほしい。興味のあるかたは、機会があったらぜひ訪れてみてください。

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