ドストエフスキー『罪と罰』――みずからの〈生〉を肯定するために〈罪〉を引き受けるということ

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”《もうたくさんだ!》彼はきっぱりとおごそかに言った。《幻影、仮想の恐怖、妄想よ、さらばだ!……生命がある! おれはいま生きていなかったろうか? おれの生命はあの老婆とともに死にはしなかったのだ! 老婆の霊に冥福あれ――それで十分だ。(…)《おれはもう二本の足がやっとの空間に生きる決意をしたのだ!》”

5年ぶりくらいにドストエフスキー『罪と罰』(工藤精一郎訳, 新潮文庫)をふたたび手に取った。『罪と罰』は、わたしがはじめて読んだドストエフスキーの作品でもある。5年前にはじめて読んだときから比べると、だいぶ読みかたが変わったように思える。もちろん、読みがある程度深くなった部分もあるのだろうけれど、いっぽうでもう感官されえないなにかもあるのかもしれない。いずれにせよ、あのころと変わらず――そしておそらくはこの本が著された1866年からも変わらず――不朽の輝きを放ちつづけている傑作だということを、今回あらためて確信した。これからも5年おきくらいにはぜひとも読み返したい小説だ。5年後、10年後にふたたび本をひらいたとき、自分はなにを感じるのだろう、なんてことを考えるだけでわくわくする。その遠くない未来のためにも、忘れないよう感想を書き留めておく。

 

いうまでもないことだが、ドストエフスキーの小説の魅力のひとつは、なんといってもキャラクターであろう。ラスコーリニコフ、ソーネチカ、ドゥーネチカ、プリへーリア・アレクサンドロヴナ、ラズミーヒン、ピョートル・ペトローヴィチ、マルメラードフ、スヴィドリガイロフ、ポルフィーリー………われわれ日本人にとっては難解でしかない、『罪と罰』に登場する人物たちのロシア語の名まえにはじめはつっかえても、読み進めていくうちにいつの間にかするりと頭のなかに入っている。これだけ馴染みのない固有名詞群が、あざやかにまとまって記憶されるということはそれほどあるまい。そして、これらの名前を聞いただけで、人物の造形がすぐさまに頭のなかで立ち上がってゆく。自分が実際に見知っている友人であるかのように、彼らがわたしに向かって話しかけてくるような感覚すら憶える。それくらいに個々のキャラクターがよく立っているのだ。

『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』のなかで、村上春樹は「ミーチャ、イヴァン、アリョーシャ、それに腹違いのスメルジャコフ。『カラマーゾフの兄弟』の兄弟の名前をぜんぶ言える人間がいったい世間に何人いるだろう?」と書いている(『カラマーゾフの兄弟』は、『罪と罰』を上回る大傑作――おそらく僕の狭窄な読書経験のなかでももっともすばらしい小説である。これについてはまたいつか読み直したときに)。『カラマーゾフの兄弟』の四兄弟のヴァリエーションのように、『罪と罰』のどのキャラクターも、かなり類型化されてはいるのだが、ただの類型には留まらないだけのリアルな生々しさや肌ざわりを彼らは持っているように思う。たとえば、ラスコーリニコフのキャラクターからは、ただの厭世ぎみの拗らせたインテリという類型だけではとうてい収まりきらないような、そこからつねに抜け出してゆくようなバイタリティが迸っている。

 

そのことを例示するために、どこを抜き出すべきか途方に暮れてしまいそうになったが(実際のところどこでもよいのだ)、とりあえずたまたま目についた箇所を引用してみる。予審判事ポルフィーリーとの、非常にスリリングな頭脳戦の応酬のあいだ、ラスコーリニコフが胸中でしどろもどろとしているシーンだ。

”《なんのためにここへ来たんだ? ところでおれはいまじりじりしている、これはどうやら事実らしいぞ! チエッ、おれはなんて怒りっぽんだ! だが、それもいいかもしれん、いかにも病気らしく見えて……やつはおれをさぐっている。しっぽを出させようというんだ。なんのためにおれは来たんだ?》こうしたことがみな、稲妻のように、彼の頭をかすめたのだった。”(上巻,p. 536)

こうしてひとつだけ文章を抜き出してみると、ラスコーリニコフの思考は、四方八方から湧き出してきてはすぐさま去ってゆくような、まったく脈絡のないそれに思える。だが、考えてみてほしい。われわれの思考とは、往々にしてこのようなものではないだろうか。この脈絡のなさにこそ、リアリティが潜んでいるのではないか、とわたしは思う。

 

われわれの思念というものは、かならずしも時間的な直線にしたがって順番に行なわれるわけではない。思考というのはつねに複数性をもっている。なにかひとつの現象にたいして、たったひとつの明快な思念が、論理性を伴って現出することはむしろまれで、たいていの場合、互いに独立した複数の思念が、われわれにたいして同時的に与えられる。たとえば腹を空かせている状態でひとつの料理を見たとき、「食べたい」と「食べたくない」というまったく相反する想いが同時に頭のなかに浮かぶことはないだろうか。その矛盾を自身に説明するために、「(1)わたしは腹を空かせているので(2)なんでもいいからなにかを食べたいが(3)この料理は見た目があまりにグロテスクなので(4)やっぱり食べたくない」というように、われわれは、事後的に理性を行使することによって、その複数の思念についてどうにか自分のなかで筋道を引き、お互いの与えられた意味の相関を論理によって明らかにしようとする。「ことば」は、その思念の連結にもっとも役に立つツールだ。ことばがなくても意味を思考することは可能だろうが、ことばがなければ、その意味についてみずからに説明を寄せることはできないのではないかと思う。

小説における文章とは、作家の思考そのものでありながら、この思念の同時的複数性とは原理的に相容れない性質をもつ。なぜなら、小説がことばによって書き表されている以上、つねに物語は時間的な線のなかに展開されるからだ。したがって、登場人物に同時的に発生する、相互に矛盾するような複数の思念をうまく文章のかたちで表現しようとするには、それらをいちど直線的な時間軸に並び替える必要性が生じ、その作業には大きな困難が付きまとう(小説でなくても、エッセイでもなんでも「文章」を書いた経験をもつ者であれば、だれにでもこのことは理解されるにちがいない)。つまり、小説で表現される思念は、あたかも理路整然としていて、前後の因果関係をもって一直線にすすむような論理的な体裁を保っていることがしばしばであるが、それはじつはわれわれの思念そのものの姿を言い表しているとはいいがたいのだ(この矛盾は小説という芸術の弱点でもありながら、同時にもっとも優れた点でもあるとわたしは思っているのだが)。

小説において、この矛盾をもっともうまく乗り越えたのは、わたしの知る限り、ドストエフスキーの右に出る者はいない。『罪と罰』のキャラクターの心理描写に見られる、一見矛盾した複数の感情の噴出は、文章的な論理性から超え出た――同時にわたしたちには見覚えのある――かたちをとっていて、見事だというほかない。わたしたちの思考は、かならずしもひとつに限定されるような明確な輪郭をもっているのではなく、もっと雑然で、曖昧で、取り留めもなく渦巻いているものだというものを、この小説はあらためて示してくれる。

 

このあいだ友人と話をしていて、「『罪と罰』の物語は、線ではなくて、面で広がってゆくような世界観がある」と言っていた。わたしはそれを聞いて強くうなずいたのだが、この面で広がってゆくような世界観は、ひとつは以上に書いたような各登場人物の論理に拠らない心理描写の賜物であるといえるだろう。しかし、それよりも大きい理由として、あの小説はつねにキャラクター同士の会話、ひいては他者との関係性によって物語が駆動しているということが挙げられないだろうか。

 

今回再読して気づいたのは、情景描写に思っていたほど文章が割かれていないということだった。ひとつひとつのシーンは、非常に鮮烈な印象を与えてくるものでありながらも、文章をひとつひとつ見てゆくと、あくまで目に見える世界の描写は簡素で、最小限のものに留まっている。ここで、「カギカッコ」ということに注視して考えてみると、カギカッコの外にあることばよりも、カギカッコにくくられていることばたち、すなわち「会話文」のほうが、地の文よりもはるかに知性が感じられるということに気づく。

小説によっては、主人公の視点から、筆致を尽くした美しい描写をもって、世界を記述してゆくものがある。主人公(あるいは筆者)の考察などをときおり交えながら、地の文に高い知性が感じられるような小説。わたしは、ここでもドストエフスキーの小説は、その対極として位置づけられるのではないかと思う。『罪と罰』では、主人公に限らず、弁が立つ魅力的なキャラクターが数多く登場する。そして、彼らの知性が発揮されるのは、彼らがひとりで独白しているときではなく、他者とのあいだで取り交わされる応酬においてである。したがって、物語は、時間経過のなかで主人公が淡々と世界を記述することによって展開されるのではなく、登場人物たちの会話によって駆動してゆく。そして、そこにはつねに二者、三者といった関係性のベクトルが浮かび上がっているのだ。

まとめると、ひとりひとりの登場人物の放射する関係性のベクトルが、ときおり他者の発するそれとぶつかりあい、混ざりあいを繰り返してゆくところに、『罪と罰』の面白さが凝縮されているといえないだろうか。ラスコーリニコフの照らす世界と、ソーニャの照らす世界、スヴィドリガイロフの照らす世界、ラズミーヒンの照らす世界…ひとつひとつの世界が交わってゆくスリル。そして、だからこそ、『罪と罰』の世界は、「線ではなく面」で拡張してゆくのである。

 

以上の話とも関連するのだろうが、小説家の平野啓一郎が、ドストエフスキーのシーンづくりの巧さについて述べていたことがあった。曰く、わたしたちはふだん、ひとと作品についての会話をするなかで、映画の場合は、「あそこの場面がよかった」「あの場面のだれがよかった」などとひとつひとつの場面や登場人物の話題が頻繁に上るけれども、文学においてはそういうことが会話にほとんど上がってこない。ただ、そのなかでもドストエフスキーは「コテコテでやりすぎなくらいに大袈裟な場面を作るのがうまい」。わたしもたしかにその通りだなあと思う。登場人物に並んで、彼らの織りなすひとつひとつのシーンも、鮮烈な印象を伴っている。たとえば、マルメラードフが馬車に轢かれる場面。彼の葬式の晩餐会で勃発するルージンを巻き込んだ騒ぎ。ラズミーヒンと高らかに笑い合いながら、ポルフィーリーとの面会に臨むラスコーリニコフ。スヴィドリガイロフの自殺。ソーネチカが見守るなか、ラスコーリニコフが大地に口づけする場面……挙げだしたらキリがないが、そのひとつひとつが、あたかも断片的な映像を思い返しているかのように、記憶のなかでありありとした明晰さを持っている。

 

しかし、わたしが数あるシーンのなかでもっとも好きなシーン――そしてラスコーリニコフにとってもっとも重要な転機となったであろうシーン――は、冒頭で引用した箇所である。ラスコーリニコフは、崇高な理論を以って老婆とリザヴェータを殺害するが、逮捕されるのではないかという恐怖につねに怯え、絶望のふちに立たされてしまう。ときおり幻すらも見るくらいに熱にうかされる。彼は、この恐怖と絶望に耐えきれなくなり、警察へみずから出頭し、罪を自白することで、いっそ楽になってしまおうかと考えはじめていた。

“《さて、行こうか、行くまいか》ラスコーリニコフは十字路のまん中に立ちどまって、誰かから最後の一言を待つようにあたりを見まわしながら、考えた。しかしどこからも何も聞こえてこなかった。あたりは荒涼としてもの音ひとつなく、彼が踏んできた石畳のように死んでいた。彼に、彼だけにとっては死んでいた……”(上巻,p. 364)

だが、ラスコーリニコフの周辺は、彼が踏んできた石畳のように、すべてのものが「死んでいた」。死に取り囲まれながら、友人や家族にたいしてもよそよそしい態度を取らざるをえず、彼自身も生活――生そのもの――をすこしずつ喪っていたのである。そのなかで、彼は以前居酒屋で会ったマルメラードフが馬車に轢かれた場面にぐうぜん遭遇する。ラスコーリニコフは、無我夢中で大きな傷を負った彼を介抱して、実家へと連れて行き、彼の最期を看取った。貧困にあえぐ残されたマルメラードフの家族に、ラスコーリニコフはなけなしの20ルーブリをわたし、家を出た。彼のあとを、ソーニャの妹である少女ポーレチカが追いかけてくる。ラスコーリニコフと少女のあいだに取り交わされる無垢な会話。そして少女の存在に心がふるえるほど感銘を受けるラスコーリニコフ。

“「ポーレチカ、ぼくの名はロジオンというんだよ。いつかぼくのことも祈っておくれね。《しもべロジオンをも》って、それだけでいいから」
「あたしこれから一生のあいだあなたのことをお祈りするわ」と少女は熱をこめて言った、そして不意にまたニコッと笑うと、とびついて、もう一度かたく彼を抱きしめた。”(上巻,p. 392)

”《もうたくさんだ!》彼はきっぱりとおごそかに言った。《幻影、仮想の恐怖、妄想よ、さらばだ!……生命がある! おれはいま生きていなかったろうか? おれの生命はあの老婆とともに死にはしなかったのだ! (…)》彼はある見えない力にむかって挑戦するように、ふてぶてしく言った。《おれはもう二本の足がやっとの空間に生きる決意をしたのだ!》”(上巻,p. 393)

このシーンは、非常に印象的だ。少女という〈生命〉にふれることで、それまでなかば死んでいたラスコーリニコフは、彼自身の生活を取り戻す決意をする。この出来事の前後で、老婆とリザヴェータの殺害という〈罪〉にたいする、〈罰〉のあり方が、まったくちがうあり方でラスコーリニコフのもとで芽生えることに気づく。

 

わたしは、このことは、この小説の主題ともいえるべきもっとも重要な点ではないかと思う。そして、ひとつの〈罪〉にたいする〈罰〉のあり方の転換が、子どもを媒介にして為されたということは非常に興味深い。思えば、「子ども」という存在は、ドストエフスキーの綴るロシア的な「暗さ」とつねに対置されているように思う。『カラマーゾフの兄弟』の最後の場面も、アリョーシャが「子ども」という存在のなかに、生命、未来への希望を見出して幕切れしていた。あれだけ重厚な物語の最後の最後に、子どもと生命という純粋な喜びの感情が放出されてゆくさまに、わたしは並々ならぬ感動を覚え、涙しながら本を閉じたことをはっきりと覚えている。

『罪と罰』においては、そこまで単純な構図をとってはいないものの、ラスコーリニコフにとってたしかな子どものもつ溢れ出んばかりの生命力の表象が彼にとっての転機となっているのはたしかだろう。ポーレチカとの会話を経て、ラスコーリニコフは、〈生〉をふたたび見出し、〈罪〉によって絶望に苛まれていた状態から脱却――いちどは〈罪〉の意識さえもほぼ完全に消えて無くなりかけた――〈罪〉の事実から目をそらし、他者と関係を新たにむすび、ふたたび生活を立て直そうと試みる。

 

しかし、そのあと、あるとき彼はふと悟る。ペテルブルクを訪ねていた母と妹ソーニャと、会話をする場面だ。

”「もういいよ、お母さん」と彼は母の顔を見もしないで、その手だけにぎりながら、ばつわるそうに言った。「話はゆっくりしましょうよ!」
そう言うと、彼は急にどぎまぎして、真っ蒼になった。またしてもさっきの恐ろしい触感が死のような冷たさで彼の心を通りぬけたのだ。またしても彼はおそろしいほどはっきりさとったのだ、いま彼がおそろしい嘘を言ったことを、そしてもういまとなってはゆっくり話をする機会など永久に来ないばかりか、もうこれ以上どんなことも、誰ともぜったいに語りあうことができないことを。”(上巻,p. 478)

いくら彼が目を逸らそうと、彼の犯した〈罪〉は、たしかに歴然としてそこにあった。そして、〈罪〉から逃げようとすればするほど、生活を喪ってしまうということもわかっていた。ポーレチカの姉であるソーニャのもつ〈生〉にもまた心を打たれ、彼女ときちんとした関係をむすぶために、かれ自身の生活を立て直すために、彼は罪を彼女に自白することを選択する。それこそが、ラスコーリニコフのほんらいの意味での〈良心〉の芽生えなのではないか。

 

その意味で、わたしは『罪と罰』はやはり〈良心〉についての小説だと思っている。より正確にいうならば、ひとつの〈罪〉にたいする、〈良心〉ならびに〈罰〉の引きうけかたの変質とでもいうべきか。

“「ぼくはただ、《非凡》な人間はある障害を……それも自分の思想の実行が(ときには、それがおそらく、全人類の救いとなることもありましょう)それを要求する場合だけ、ふみこえる権利がある……といっても公式の権利というわけではなく、つまりそれを自分の良心に許す権利がある、と簡単に暗示しただけです。」(上巻,p. 545)

ポルフィーリーに対して、ラスコーリニコフが彼独自の「強者の良心」理論を解説している場面である。このことからも分かる通り、ラスコーリニコフにおけるもともとの「良心」とは、自らの天才性を信じ、「だからこそおれはなにをやっても許されるのだ」という、個人のなかに閉じた独りよがりの良心であった。この良心の理論のもとに実行した〈罪〉のために、やがて彼の周囲から〈生〉すなわち自身の生活や他者の生というものが徐々に奪われてゆくことになる。そのまま〈死〉へと顛落してゆきかけていたラスコーリニコフを救ったのは、少女ポーレチカと、ソーニャのみずみずしい生命力であった。他者や世界とただしい関係をむすびなおすため、ラスコーリニコフはソーニャのみならず、最終的に警察に出頭し、〈罪〉を全方位にみとめて〈罰〉を引き受けることにきめた。
“《十字路へ行って、みんなにお辞儀をして、大地に接吻しなさい。だってあなたは大地に対しても罪を犯したんですもの、それから世間の人々に向って大声で、〈わたしは人殺しです!〉と言いなさい》彼はこの言葉を思い出すと、わなわなとふるえだした。彼はこの間からずっとつづいてきた、特にこの数時間はげしかった出口のないさびしさと不安に、すっかりうちひしがれていたので、この新しい、そこなわれない充実した感じが出口になりそうな気がして、夢中でとびこんで行った。それは何かの発作のように不意に彼をおそって、心の中に一つの花火がポチッと燃えたかと思うと、たちまち一面の火となって、すべてをのみこみつくしてしまった。彼の内部にしこっていたものが一時に柔らいで、どっと涙があふれ出た。彼は立っていたそのままの姿勢で、いきなりばたッと地面に倒れた ……
     彼は広場の中央にひざまずき、地面に頭をすりつけ、愉悦と幸福感にみちあふれて汚れた地面に接吻した。彼は立ち上がると、もう一度お辞儀をした。”(下巻,p. 448)

このシーンも、何度読んでも非常に感動的だ。彼が必死に否定しようと試みていた他者や世界にむかって、頭を下げ、接吻する。なんという美しい生の肯定だろう。彼は、はじめからなによりも生活がしたかったのだ、〈生〉を肯定したかったのだ。貧困に喘ぎ、さいしょに辿り着いた理論の遂行は、彼にその願望とはまったく異なるものをもたらした。なぜなら「生活」には「他者」の存在が欠かせないということがわかっていなかったからだ。

 

ラスコーリニコフは、自分ひとりで超越へと達することはできなかった。そもそも彼は、〈罪〉の遂行自体が他者に極端なかたちで干渉するものであるということに気づいていなかった。そうして〈罪〉を犯したあと、ラスコーリコフは他者との関係性のなかにいつのまにか取り込まれてしまう。そのなかで、〈生〉を肯定するために、どう自分の意志をもって、あたらしく他者との関係をむすびなおし、それを育ててゆくか。『罪と罰』は、そのことに直面したラスコーリニコフが葛藤する小説だ。そしてまた、関係をむすぶべき/むすばれてしまった他者は、自分自身が生き抜いたかもしれないまたひとつの可能的人生を歩んでいる。警察での自白をためらうラスコーリニコフの背中を最後に押したのは、スヴィドリガイロフの自殺の報せだった。スヴィドリガイロフの辿った人生もまた、ラスコーリニコフにとってありえたかもしれないそれである(スヴィドリガイロフもまた、非常に強度のある魅力的なキャラクターであるので、書くべきことは山ほどあるように思うのだが、またの機会に譲りたい)。みずからの過去を引き受けたうえで、他者との関係をむすべなければ、そのさきには〈死〉があるのみだ。ラスコーリニコフはポーレチカとソーニャに出会うまでは、この道を辿っていたのだった。他者との関係性、すなわち「生活」を構築するために、過去の〈罰〉を引き受け、〈生〉をまっとうすることを選択する。繰り返すが、それこそが彼のもとにあたらしく芽生えた〈良心〉のかたちだったのであろう。

 

なんと深遠な主題を扱った小説であろうか。それでいて、さきほども述べたように、文章にはまったく衒学的なところがないのだ。19世紀の後半、暗いロシアには、ラスコーリニコフや、あるいはスヴィドリガイロフのように、どん底に突き落とされ、生活というものを失いかけ、みずからの実存に真正面から向き合ったひとびとがいた。この実存生から出発している苦悩、ある種のニヒリズムは、たとえば同時代を生きたニーチェのもつそれと不思議な類似を示す。『権力への意志』にドストエフスキーの名前が出ている箇所があるので、どうやらニーチェはドストエフスキーを読んでいたらしいということが窺えるが(そもそも、ニーチェの「ツァラストラ」の着想は、『罪と罰』のラスコーリニコフの思想から得たのではなかろうか?)、このような思想をもった天才が、世界の異なる地点で19世紀後半を生きぬいたことは、おそらく偶然ではあるまい。ほかにも、19世紀の後半みずからの実存的苦悩から作品を生み出した人物として、ゴッホの名前がまっさきに浮かぶ。彼らの思想的類似は、わたしの興味を大きく惹く問題であるので、またあらためてじっくり考えてみたいと思っている。ただ、苦悩の多き〈生〉の一回性を引き受けて、どのようにみずからの〈生〉をまっとうするかという主題にたいして、もっともよい解を示したのは、あるいはドストエフスキーかもしれない。ニーチェやゴッホがけっきょく孤独のなかで死を迎えたのと対照的に、ドストエフスキーは「晩年に、自身の集大成的作品『カラマーゾフの兄弟』を脱稿。その数ヵ月後の1881年1月28日、家族に看取られながら亡くなった。」とWikipediaにある。すくなくとも、彼の作品の結末からも窺えるように、もっとも未来にたいして希望を抱きつづけることができたのは、ほかならぬドストエフスキーなのであろう。子どもは、彼らの存在それだけで、〈生〉を肯定してくれるのだ。

 

(冒頭の画像は、『罪と罰』を下敷きにしているというソクーロフ『静かなる一頁』の一シーンより)


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