雑記 ( September, 2015 )

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九月のある日、僕は福岡市にある銭湯のサウナで、テレビのニュースが流すルポルタージュに釘付けになっていた。延々とつづく水害の被災地の映像。激しい水に呑まれ、車が、家が流されてゆく光景に、4年半前のあのときの光景がオーバーラップしはじめ、僕のもとに眩暈のようなものが襲ってくる。家が流されてしまったというひとりの老人が、取材にきた記者の質問に淡々と答えている。「自然の力だからね、仕方ないよ」。毎日の生活の基盤たる家が流され、丁寧に手をかけつづけてきた田んぼが荒され、見慣れた町の光景が消えてなくなる。彼がつみかさねてきた暮らしというものが、一瞬にして壊されてしまったのに、彼の口から出たことばは「仕方ないよ」というものだった。たしかに、どこに怒りを向けたって仕方がない、塞ぎこんだってまた仕方がない、もはや「仕方ないよ」と思うしかほかないのかもしれない。「自然」と「神」がかならずしもイコールではなくなった現代において、換言すると、災いの元凶が「自らの行い」に因るとかつてほどあまり信じられなくなった現代において、それでもなおわたしたちをかくも超越し、圧倒し、沈黙させてしまう「自然の力」が厳然としてそこにあるというのは(誤解を恐れずにいうと)わたしたちにとって善きことなのかもしれない、とわたしは思った。人類は、いくらテクノロジーを発達させようと、周りのものすべてを支配することはできない。近年の自然災害は、われわれにそのことを改めて告げ、われわれの驕りを戒めようとしている――おそらくこの考え方はきわめて「日本的」なのだが、同時にこれは日本人の美徳であるともいえるのではないか。べつに近年の国家主義的/右翼的なエンソジアスムに肩入れをするつもりはさらさらないのだが。一ヶ月が経ったいまでも復興はあまり進んでいないようなのだが、被災者の方々が一日でも早く立ち直れることを祈っています。

 

さて。台風をはじめとして、九月につづいた悪天候のせいで、僕の円満なプロ野球観戦ライフもだいぶ阻害されてしまった。九月ってこんなに連日雨の降る季節だったろうか。野球観戦のために早めに帰宅して試合中止のニュースを知る寂しさといったら。類を見ないくらいに混戦したまま九月に突入したセ・リーグであるが、阪神タイガースはことしも順調に九月にはいって黒星をつけてゆく。八月末はなんとか1位の座をキープしていたはずが、あれよあれよという間に3位まで転落。いよいよCS争いまで怪しくなってきた。先発もいまいち調子があがらないし、リリーフ陣も打ち込まれるし、打線は相変わらず沈黙で、怪我で離脱者もいるし、と散々な状況だ。むしろこれでよく1位だったな、と目を細めてしまう。いまのうちから来年に期待を寄せておこう。うまいこと持ち味が発揮されればいけるはずなんだ!、と12球団すべてに同様に通用するはずのテーゼを放っておく。

 

スポーツでいえば、九月のさいしょに全米オープンがありました。錦織圭さんの、まさかの一回戦敗退。あのショックはなんとも筆舌に尽くしがたかった(このことばが否定的な場面でも使えるのか不明)。けれども、数日後にはけろりとしており、そのことでスポーツ観戦はまぎれもなく健全なコンテンツ消費であると確信したし、じつは錦織圭さんの敗退にどこかでほっとしている自分もいた。というのも、九月上旬はスポーツ観戦に忙しく、前述のプロ野球はもちろんのこと、U18の世界野球大会、そして女子バレーの試合観戦といろいろと観るべきものが目白押しだったからである。いちばんひどいときにはテレビの前に居座って片手にリモコンを確保しながら、めまぐるしくチャンネルを変えながら上の三つを同時に観戦していたこともあった。これに加えて全米オープンも本格的に追っていることになっていたら、「果たして僕はこんなにスポーツ観戦ばかりしていていいのだろうかん」と罪悪感に似た何かを感じていたにちがいない。スポーツ観戦は健全だけれども、やはりほどほどにするべきである。

 

九月の大方は依然として大学生である僕にとっては夏休みだったわけど、けっきょく前回綴ったような夏休みの類型は消費することは叶わなかった。そもそも消費するつもりがあったのかすら怪しく、およそ三分の二は家にこもってばかりいた。家にこもっているあいだ、知人の爺さまから東宝が出している「黒澤明 THE MASTERWORKS」という素晴らしきDVD-BOXを借りていたので、黒澤明の作品をいくつか重点的に観た。じつをいうと黒澤明はこれまで2、3本しか観たことがなかったのです。「夏休み、なにしたの?」という休み明けの大学生にすべからく待ち受ける質問への回答を「黒澤明をぜんぶ観た」とするひそかな志は潰えることとなったが、とりあえず『姿三四郎』『一番美しく』『わが青春に悔なし』『用心棒』『椿三十郎』『酔いどれ天使』『野良犬』の7作品だけ観ました。どれを観ても最高に面白いのだけど、いまのところ『酔いどれ天使』がいちばん好き。次点で『椿三十郎』『一番美しく』。ファースト・カットからすでに興奮し、映像のみならず、物語におけるキャラクターや構造だけで、映画の勝利が確約されているものもいくつもあって、そのなかで物語が勢いをもって胎動してゆくさまを観るのはじつに爽快だ。まだまだ時間ができたらぜんぶで3つあるDVD-BOXはコンプリートするつもりなので、またいつかあらためて。

 

妹が居間でたまたま『ハリー・ポッター』を観ていて、僕も傍にすわってぼんやりと眺めていたら、あまりの面白さに僕のほうがはまってしまい、けっきょく8作品すべて観た。観直したといったほうがいいかもしれない。「ハリー・ポッター」をはじめとする海外ファンタジー小説は、おそらく僕の世代の多くのひとにとってそうであるように、僕にとってもひとつの原体験でもある。小学二年生くらいのときから、毎年「ハリー・ポッター」の新刊が出るのを心待ちにして、発売と同時に読みふけっていたのを思い出す(もちろんさいしょは読めない漢字ばかりだったけれど)。僕と同い齢くらいの俳優陣が、新作が出るたびに大きくなってゆく姿をスクリーンで目撃するのも感慨深かった。たしか映画は『炎のゴブレット』くらいまで劇場で観たのかな。今回一気に鑑賞して、『アズカバンの囚人』『死の秘宝 PART1』がいちばん映画としてよくできているなという感想です。まったく知らなかったのだけど前者はキュアロン監督がメガホンを取っていたらしい。納得の出来である。しかしながらシリーズでいちばん素晴らしいシーンは、『死の秘宝 PART1』で、ハリーとハーマイオニーがテントのなかで手を取合ってラジオから流れるロック・ミュージックに合わせて静かにダンスをする、以下シーンだと断言したい。

はあ、何回見ても涙が出そうになる。シリーズのなかではじめて地に足がつき、血の通った人間的な美しさが横溢してゆく場面である。「ハリー・ポッター」のナラティブがすぐれているのは、「魔法」という世界観の描写のうまさももちろんなのだけど、なによりもハリー、ロン、ハーマイオニーという三人のキャラクターとその関係性の描写の勝利だろう。毎年大きくなってゆく彼ら三人の関係性が、遠くなったり近くなったりしながらも、なにか大きなところへ向かってゆくことを見守る愉悦よ。だから「19年後」にその3人がキングス・クロス駅で彼らの子どもたちを見送るというラスト・シーンは、少々クサいけれども、それでも素晴らしいエンディングであった。ウィンガーディアム・レヴィオーサ。

 

新作映画のなかでも観たいものはたくさんあったのだが、家から出るのが億劫で余り映画館に足を運ぶことがなかった。アクシオ!映画館よ、来い!となんど唱えようと思ったことか。そのなかでも今月とりわけよかったのは、『ナイトクローラー』です。ことしのベストには確実に食い込んでくるであろう傑作だと断言したい。ギレンホール扮するあの主人公は、一世紀あまりの映画史において、いま描かれなければいけないキャラクターであったとさえ思う。彼の放つ不気味さ――それはわれわれのよく知っている資本主義的な「合理性」を追求した結果に生まれたものである――は、じつはわたしたちのすぐ背後に潜んでいるのかもしれない。あの映画についてはもっと考えなければいけないなと感じます。もういっかい観たいな。

 

籠っていたとはいえど、それでも遠方まで足を伸ばすことは幾度かありました。所属しているゼミの夏合宿が、なぜか熊本で開催されることになっていたので、それよりも数日か前乗りし、福岡あたりを旅行した。祖父が柳川に住んでいるので、祖父のもとを訪ね、ふたりで旅館に泊まるなどした。川下りの舟の光景は有名であろうが、やはり柳川はすばらしいところだ。柳川で生まれ育ったという北原白秋の生家も訪れた。柳川――あるいは九州――の非常に興味深いところは、江戸から明治に時代が下っても、日本という国家の枠組みに当てはまらないような要素をつねに併せ持っていたところだ。地理的にも東京よりも海を越えた釜山のほうがよっぽど近い。北原白秋の韓国の詩人との交流、彼のもつ「日本的」でなく「アジア的」なまなざしはまた、機会があったらゆっくり考えたいテーマだなあと思っている。そしてまた、日本の過去に目を向ける機会として、世界遺産に登録されたことが記憶に新しい三池炭鉱関連遺跡を廻った。柳川から西鉄天神大牟田線の電車に乗り、大牟田駅のあたりでぽつねんと時間ができたので、駅で自転車を借り、ロッカーに荷物を預け入れ、まずは有明海を目指す。知らない町を自転車で漕いでゆくのはいつも愉快だ。地図を見てから、適当に目星をつけて、赴くままに漕いでゆく快感。あれほど「自由だ!」と叫びたくなってしまうような瞬間はそうそう訪れない。大牟田市石炭産業科学館で展示をみてふむふむと勉強をしたあと、立坑の跡地もいくつか訪れた。炭鉱跡地ほど、明治時代から連綿とつづいてきた経済発展の裏側の闇を垣間見せてくれる場所はあるまい。時間があればこれについてはまた書く。

 

さて、熊本。夏合宿といえども、いつもと変わらず勉強をするばっかりだった。せっかく熊本まで来たのでと、ちょうど阿蘇山に足を運ぼうかとわれわれが話しているさなか、阿蘇山がみごとに噴火したというオチまでついている。代わりにというべきか、けっきょく熊本城と菊池渓谷を観光することはできたのだけれど、なによりも記憶に残っているのは、熊本はたしかに至るところにくまもんだらけであったということです。今回はソシュール『一般言語学講義』とニーチェ『権力への意志』を扱ったのだが、ひとつの合宿でこのふたつの文献を同時にゼミなんてほかにどこを探したって見つからないにちがいない。まったくもってストイックだが、どちらも非常に面白かった。

 

夏合宿の文芸作品の批評の時間に取り上げたこともあって、ドストエフスキー『罪と罰』を5年ぶりくらいに再読した。はじめて読んだのは高校2年生のときだったことを覚えている。しかし、やはり紛れもない傑作だった。いかにして傑作であるか、ということを必死にことばをつらねて説明を試みたけれど、ことばをいくら重ねてもとうてい言い尽くせそうにない。ドストエフスキーについては、数時間でも数日でもずっとひとと話していられる気がする。およそ話題が尽きるということがない。小説の世界が、わたしたちのなかでも立ち上がってゆくだけの強度がある。たいへん感動した。

 

インターネットの大海を彷徨っていて、たまたま読んだブログ記事。どうやって辿り着いたのかすら憶えていないけれど、深夜、部屋でひとりでいたときにこれを読んで、思わずさめざめと泣いた。もしかするとここのところいちばん情動が喚起された瞬間だったかもしれない。こんな文章とときどき邂逅することがあるので、その99%が無駄であったとしてもインターネットは辞められない、という気さえする。僕がああだこうだいったって仕方ないので、読んでみてください。僕が街ですれちがうあのひとにも、このひとにも、もしかするとこんな人生があるのかもしれない。すべてがすべて、僕の想像もつかないくらいに、途方もなく尊いんだな、と。

 

さて、ほかにもいくつか書けることはあるように思うけれど、ここいらで筆を措く。夏休みが終わってしまった。いまとなっては、もっとあれもこれも行ったり食べたり観たいものがあったのだけれど、この無念は来年の夏にまたいかなる形であれ晴らせるように祈ろう、と無意味な願掛けをしておく。とりあえずいまを頑張って生きよう、頑張って生きたいと思う。日々に埋没しないように、朝顔の花が咲いたことに気づけるように、だれかの涙を手のひらでこぼさずに掬い上げられるように。

(2015/09、大牟田市にて撮影)


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