「ニキ・ド・サンファル展」―― わたしたちの中に眠る〈連続性〉を祝祭するべく踊る女たち

「ニキ・ド・サンファル展」―― わたしたちの中に眠る〈連続性〉を祝祭するべく踊る女たちDSC00591

ニキ・ド・サンファル展に行った。友人が熱烈にお勧めしていたので、会期ギリギリに新国立美術館に滑り込む。会期中最後の日曜日なのもあってか、けっこうな混雑を見せている。老若男女問わず、というかむしろ若いひとたちが比較的多かったのが印象的だった。教養が足りないので、ニキ・ド・サンファルというアーティストの存在について、僕はこの展覧会について知る以前は認識していなかったのだが(のちほど会場で「20世紀においてアンディ・ウォーホルと比肩するくらい有名な芸術家」という文章を見て、自分の浅学を恥じたのはいうまでもない)、なぜかふと六本木駅から向かっている途中に、パリのポンピドゥー・センターの近くの広場(ストラヴィンスキー広場というらしい)に設置されているあのモニュメントを創作したひとか、と記憶のシナプスが突然繋がった。あの広場でなんどかひとと待ち合わせをしたことがあったので、すでにニキの作品は幾度となく目にしていたのだ。しかし、あの啓示のような想起はいったいどこからきたのだろう。

 

さて、結論からいうと、とてもよかった。この時期にこういう形でニキ・ド・サンファルと出合えてよかった、と思う。ニキ・ド・サンファル展を見終え、新国立美術館の建物を出たさきの喫煙所で、煙草をふかしながらぼんやりと展覧会について考えていると、そのときたまたま鞄のなかに入っていた読みかけのバタイユ『エロティシズム』のことをふと思い出す。僕はその瞬間以来、バタイユが著作のなかで説いていることと、ニキ・ド・サンファルというアーティストの思想的変遷に、僕はある種の符合があるように思えてならなかった。二人はどちらもフランス人であり、20世紀のほぼ同時期に活躍した著名人なので、彼らに直接の交流があったのか、お互いに参照して影響を与えていたのか、そういうことは大いにあり得るものの、実際のところは分らない。少なくとも僕は、別々のコンテクストのなかからそれぞれ彼らに出合っているわけで、その両者のつながりを僕に教えてくれたのは、ほかでもない彼らの作品そのものであった。ひとたびそう気づいてからは、バタイユのテクストは、ニキのさまざまな作品のイメージを脳裏に想起させるし、ニキの作品たちは、バタイユのテクストを通じて語りかけてくるようにも思えてくる―――このように、時々、何かと他の何かが、突如としてこれまでは見えていなかった繋がりを示すようになることがある。そうした隠された連関を発見する力は知性である、と思う一方で、他方でそのことで閉ざしてしまう読解の可能性もあるのではないかとも考えてしまう。なぜならたまたま看取された連関を、論理で示そうとするとき、われわれは実際の連関を検証するのではなく、その連関を前提として置き、それを補強する形で思考してしまいがちだからだ。つまり、こじつけてしまいがち、ということなのだけど………とまれ、ここはニキについての話に戻ろう。

ニキ・ド・サンファルは20世紀を代表する女性アーティストである。わたしたちはおそらくニキが女性であることを抜きにして彼女について語ることはできないだろう。そのことにアートの世界における男女の不平等といった問題を託けることも可能であろうが(つまり「女性芸術家」であることは珍しいので…ということ)、それ以前に、彼女を〈女性〉という属詞を用いなければ語りえないのは、彼女が生涯を通じて、自分自身の性である〈女性〉について、そして同時に〈女性〉と対立する/融合する/共存する存在としての〈男性〉について思考し、表現をしつづけてきたからにほかならない。

 

ニキは若くして成功したアーティスト、といっていいだろう。彼女が31歳のときに発表した《射撃絵画》は、その表現方法の新しさから一躍注目を集めた。さまざまなオブジェクトを集め、カラフルなペンキのつまった袋とともに、そのすべてを白い石膏で固める。ひとびとが固唾を飲んで彼女を見つめるなか、ニキはその白いオブジェクトの集合体に狙いを見定め、屹然とした表情で銃弾を放ってゆく。ペンキの袋に放たれた銃弾は、白の背景に鮮やかな色たちを飛び散らす。

《射撃絵画》のパフォーマンスの様子をYouTubeで探してみるとすぐに見つかった。2:18あたりのニキの叫びが、彼女のバイタリティを如実に示していてとてもいい。

“My problem is creating, creating now, creating beauty. It’s creating something which has to do with you, which has to do with now, which has to do with bombs, everything exploding at the end of the world ! … BOOOW !”

この美しき若き女性のなかには、いまにも爆発せんとするなにかがつねに蠢いていたにちがいない。《射撃絵画》のパフォーマンスによって、彼女はすぐに当時フランスで興っていたヌーヴォー・レアリスムの運動に引き入れられ、そのなかの唯一の女性アーティストとしてその名を知らしめることとなった。いまではコンテンポラリー・アートの文脈で当たり前のように用いられる「パフォーマンス・アート」に先鞭をつけたのは、ほかでもないニキだそうである。へえ。

 

しかし、彼女は数年後、あるときそのドラッグのような中毒性に浸っている自身に気づき、それ以降絶大な人気を誇っていた《射撃絵画》のパフォーマンスの一切を辞める。僕はこのことを聞いて、すぐに腑に落ちた。パフォーマンスのヴィデオで銃を放つ彼女の目は、空虚が広がっているように僕には見えた。彼女は、その空虚と、「銃を放つ」という一瞬一瞬の純粋な身体的快楽との狭間で、つねに揺れているような印象を受けたのだ。その姿は確かにヤク漬けになっている中毒患者と似ている。いずれにせよ彼女がいちアーティストとして大成するためには、遅かれ早かれ《射撃絵画》は放棄されなければならなかっただろう。ヤク中患者に未来がないように。

 

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《赤い魔女》, 1962.

しかし、そのあと彼女がつぎつぎに発表した、社会のなかで抑圧されている〈女性〉を主題に据えた作品群も、《射撃絵画》同様、穏やかなものとは言いがたい。右の《赤い魔女》では、女の身体は切り裂かれ、いたるところからさまざまなオブジェが顔を覗かせている。明らかに彼女は暴力的に〈女性〉を表現している。そのグロテスクさに、思わず僕は顔をしかめてしまう。彼女をここまで駆り立てる何かが、社会にあった(ある)のか、と。ときは1960年代、いくらフランスとはいえ、女性への差別/抑圧はいまに比べてもよほど大きいものがあったのだろう。この時期の作品は、女性は明らかなかたちで表象されているいっぽうで、男性が登場することは滅多にない。いくつかある作品は、すべて男性を敵と見做し、彼らにたいして攻撃を仕掛けているものだった。

 

しかし、彼女の作品の雰囲気ががらりと変わる時期が訪れる。1964年、34歳のとき、のちに「ナナ」シリーズと名付けられる作品群を発表し始める。主題としては変わらないまま〈女性〉なのだが、その表象のされかたが、180度といっていいほどに転換されている。暴力的なもの、グロテスクなものは一切排除され、そこに在るのは、鮮やかでビビッドな色たちに彩られた、愉快に踊るふくよかな女性たちである。《赤い魔女》と比べてみれば、同じアーティストが発表したとはにわかに信じがたいほどの方向の転換だ。順番に作品を見ていく過程、「ナナ」シリーズが展示されている部屋にはいった瞬間、視界に突然溢れ出す色彩に驚き、鳥肌が立った。しかも、この転換のきっかけは、「懇意にしている友人が妊娠したこと」とキャプションに記載されている。たったそれだけで―――いや、じつはこのことは非常に重要な点なのではないか? そのことはのちに詳述しよう。同様に、この女性たちはなぜ太っているのか? ということも僕の興味を惹く問題ではあるのだが、とりあえずここでは傍に置いておく。

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「ナナ」シリーズ

「ナナ」シリーズをつぎつぎ発表したのち、これまで主に〈女性〉ばかりが扱われていたニキの作品のなかに、女性とともに在る〈男性〉も登場するようになる。60年代後半〜70年代、およそ40歳のニキは、「女性の様々な姿を描き出すことを自らの創作の大きなテーマとする一方で、ニキは男女の関係にも目を向けた作品も制作」した。展覧会において、この時期の作品群は「あるカップル」と章立てされまとめられている。そこには60年代後半から、ニキの芸術活動を支援し、ときにはともに作品を発表したらしいジャン・ティンゲリーという恋人の存在はこの変容に大きな役割を占めたというふうな説明が寄せられている。

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《愛万歳》, 1990.

社会にあふれる暴力への憎悪をあれほど煮えたぎらせ、空虚のなか銃弾を放ち、女性のオブジェを赤で塗りたくっていたニキが、「愛万歳」と書かれていることばを書き込んだ抱き合うカップルの絵を描く―――。ひとりの人間は、連綿とつづくひとつの人生のなかで、こうもドラスティックに変化できるのか、と思うとなんだか無性に希望が湧いてくる。もちろん逆も起こりうるわけであるだが、ニキにおける作品の変遷を見ていると、彼女はある時点で幸福なかたちで救われることができたのだと驚嘆し、やはりどこかで安堵してしまうのだ。

さて、大まかなな作品の紹介も済んだところで、バタイユ『エロティシズム』との接続を試みたい。とくにさきほど紹介したニキの突然の芸術的転換は、愉快に踊る「ナナ」たちが踊っている理由は、バタイユの思想をもちいることで理解されうるのではないか? というひとつの思いつきがそもそものきっかけである。とりあえず僕の雑駁な理解のもと、『エロティシズム』の概説をしよう。

『エロティシズム』のなかで、キーとなる概念のひとつは、人間のもつ〈連続性〉と〈非連続性〉という概念であろう。バタイユは、「われわれは非連続性のなかにある」という。そう聞くと大仰な感じを受けるが、要するに、わたしたちはみんな孤独で、どんなに頑張っても他者と完全に分かりあうことはできないよね、ということである。わたしの痛みはだれからも完全な形で理解されることはないし、わたしと他人のあいだには、踏み超えることのできない大きな深淵がある。わたしたちは、肉体的にはひとつの孤立した存在として、その生を全うしなければいけない。

人間存在は、他者との非連続性のなかにある。しかし、それにもかかわらず、われわれは連続性を求めてしまう。だれかに理解されたい、だれかと繋がりたい、より大きなものと一体になりたい。バタイユは、われわれはそうした他者/外部との連続性を希求してしまうような本性をもっている、という(たとえば、だからこそわれわれは恋愛をしてしまう)。しかし、そもそもそうした本性をもっているのはなぜか? ――〈非連続性〉のうちにある人間存在は、〈連続性〉へと引き入れられるふたつの瞬間の契機への「ノスタルジー」をもっているから、である。そのうちのひとつは、「生殖/生誕」、もうひとつは、「死」。

 

「生殖/生誕」とは、有性生物の場合、男性器と女性器の結合、すなわちひとつの物理的連続性ともいえるが、また生殖の瞬間は、精子と卵子という個別のふたつの存在が、ひとつに融合し、新たな存在が生まれるというひとつの連続性が生じる瞬間でもある(もっとも、バタイユは、性行為によって双方は連続性に直接移行するのではなく、一時的に「自己の外にある危機の状態を共有しているにすぎ」ず、「二つの存在は同時に連続性に開かれている」という言い方をしているが)。また、「死」とは、バタイユによれば、存在の非連続性を否定する「暴力」の極限の形であり、存在は、死によって非連続性を失い、連続性のなかに引き戻される。たしかに「死」が連続性への回帰であるということは、「死」がどのように人間にとってイメージされているかといくつか実例のもとに考えるだけで理解されうることであろう。この「生殖/生誕」と「死」の連続性は、無性生殖においては、ひとつの個別存在が「分裂」をしもとの存在が死ぬことで新たな存在が生まれるので、より明らかなかたちで観察される。

このふたつのノスタルジーの対象、「生殖/生誕」と「死」は、われわれ人間社会のなかでは、労働を基盤にした秩序だった社会を構築するために、隠蔽され、なんらかのかたちで「禁止」されている。それでもなお、人間存在は連続性を希求し、ときおりその「禁止」を「違犯」してみせる。その「違犯」への欲求、それがバタイユのいう「エロティシズム」である。

〈非連続性〉と〈連続性〉。このバタイユの概念に立脚した上でいうならば、これまで見たニキ・ド・サンファルの作品は、つねに〈女性〉という存在にとっての、〈他者〉との非連続性と連続性について扱っていたように僕には思えてならない。〈女性〉と〈男性〉とのあいだには、大きな深淵が広がっている。そんな非連続性のうちにあるわわれは、どうしたらつながることができるか、他の存在との連続性を手にすることができるだろうか? という問いこそが、彼女が生涯にわたっておそらく無意識のなかで抱き続けていた、隠れた主題だったのではないだろうか。つまり、彼女の主題の中心にはエロティシズムの問題があったのである。このことを前提に置くと、ニキ・ド・サンファルの作品にみられる、さきほど見てきた《射撃絵画》《赤い魔女》などの作品を発表していた初期から、「ナナ」シリーズ以降、とくに「カップル」を主題にした以降の作品群への転換は、他者との連続性の回復が、「死」を媒介にするものから、「生殖/生誕」を媒介にするものへと変化したから、と説明されうるのではないだろうか。

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《必要とされた殉教者/聖セバスティアヌス/私の恋人の肖像/私の肖像》, 1961.

 

初期の《射撃絵画》で見られるような、ある対象にむかって銃弾を放つ、ということは、つまり対象の死を望む、ということである。上にあげた《必要とされた殉教者/聖セバスティアヌス/私の恋人の肖像/私の肖像》という同じく初期の作品では、ネクタイとシャツを着ている「男性」の頭がダーツの的になっており、そこに何本か矢が刺さっている。この作品のキャプションには、アーティストとして生きることを決断したニキが、19歳の若さで結婚した相手と訣別するという覚悟が表現されたもの、とある。

女性を抑圧する主体としてある男性的社会にたいして憤怒を向けるニキは、社会のなかの女性性と対立している(ように見える)あらゆる男性的存在の非連続性を、銃撃という暴力によって剥奪する――対象に「死」をもたらす――ことで、女性性を救おうとした。つまり、それぞれが個別に存在している女性性と男性性のあいだに横たわる大きな深淵を、ニキ自身のような”強い”女性が、男性性を暴力によって無理やり引きずりおろすことで埋めようとしたのである。

しかし、この方策では問題の本質的な解決は図られない。たんなる男性性の否定は、瞬間的な愉悦をもたらすものかもしれないが、その向こうに待ち受けるのは大きな空虚でしかないからだ。抑圧を糾弾するだけのフェミニズムの論調の多くが、さらなる男女間の不毛な争いしかもたらさないのは、ニキの《射撃絵画》と構造的な類似を示しているのかもしれない。

彼女を抑圧してくる対象を糾弾し否定するだけの作品に限界を感じたニキは、《赤い魔女》であったように、みずからの女性性にたいして暴力的な表現を重ねることに活路を見出そうとする。社会によってその〈非連続性〉を損壊させられている〈女性〉を、男性的社会にたいして突きつけるのだが、そうした作品からイメージされるのはやはり「死」である。《赤い魔女》のグロテスクな赤は必然的に死のイメージと響きあう。ニキは、自らの女性性を作品のなかで殺してみせることによって、社会によって抑圧されている女性性の切実さを表現しようと試みたのではないか。しかし、死は非連続的な存在に連続性を与えることはあっても、死によってその存在自体が消滅してしまうのだから、その無数の存在の共同体としての社会にとって利益をもたらすことはない。むしろ社会にはさらなる憎悪と暴力が氾濫するだけ、ともいえるだろう。

だがそこで「転換」が訪れる。ニキは「ナナ」シリーズの発表を以って、それ以前の自身の芸術と訣別したのだ。「ナナ」シリーズは、その見た目からも明らかなように、女性性の積極的な肯定である。ニキははじめてなにかを否定するのではなく、肯定することによって、彼女の問題に向き合いはじめる。「ナナ」の着想のきっかけが、友人の妊娠――すなわち「生殖」――であったことを思い起こされたい。このことが示すのは、彼女の芸術的基盤が、存在を消滅させることによって連続性をもたらす否定的な「死」から、存在を創出することによって連続性をもたらす肯定的な「生殖/生誕」のイメージへと転移した、ということである。ニキの初期から「ナナ」シリーズ以降の転換は、「死」から「生」による連続性へのアプローチという転換でもあるのだ。

《頭にテレビをのせたカップル》, 1978.

 

「カップル」期の作品における男性性と女性性の連続性は顕著だろう。1978年に発表された《頭にテレビをのせたカップル》という作品を見てみよう。この作品は、写真ではわかりにくいが、この男性と女性は別個の作品でなく、表裏一体となったひとつの作品である。このカップルは、それぞれがそれぞれの性の社会的記号を身にまとっている。かつて、こうした記号は、ニキによって真っ先に攻撃を仕掛けられていたものでなかったか? たとえば男性の身につけている「ネクタイ」は、つい先ほど見た初期の作品においては、無残に捩れ、ペンキを浴びさせられていた。しかし、ここではもはや男性と女性は対立し合う関係ではない。《愛万歳》でもあったように、男女は抱き合い、支え合い、愛し合い、融合するふたつの存在である。象徴的な意味合いにおける男女の交接というひとつの連続性――その連続性はまた、「生殖」としてまたべつの存在との連続性を生み出す――は、ここでは、鮮やかな色彩をもって称揚されているのである。これはほかでもない、ニキ・ド・サンファルそのひとの「エロティシズム」のかたちなのだ。

 

最後に、女性詩人の文月悠光が書いたエッセイの一部を引用しようと思う。僕はすこしまえにこの文章を読んで、いたく感動してしまった。

異性と向き合うとき、私ははるかな距離を感じる。宇宙の果てを見つめている心地がする。相手の身体が、自分とは違う仕組みを持つことを知っているからだ。それは紛れもない「恐れ」であり、畏敬の念を含む「畏れ」でもある。他人の身体は、自分とは何から何まで異なるものだ。痛みの感じ方も違えば、体質も欲求も人それぞれ。他者との強烈な差異を意識することは苦しい。「自分の身体感覚を誰とも共有できない」という事実は、とてつもなく孤独だ。けれど差異を無視して、他人を同一視することも、ひとつの暴力といえよう。
救いと言えるのは、男性の中にも女性性があり、女性の中にも男性性があること。女性詩人の詩に、男性的な勇ましさを読み取っても構わないし、男性の言動の中に女性的な淑やかさを見つけても良いはずだ。互いに共鳴したり、畏れたりしながら、異性とうまく付き合っていく。

「救いと言えるのは、男性の中にも女性性があり、女性の中にも男性性があること」。僕はこの一文にどれだけ希望を感じたことだろうか。奇遇なことに、ニキ・ド・サンファルもまた、「ナナ」シリーズについてのインタビューのなかで、次のようなことを語っている。いわく、「ナナ」シリーズがひとつの成功を収めたのは、彼女たちが、すべてのひとのなかの「女性性」を表象しているからにちがいない。そして、この「女性性」は、男性的な価値観が跋扈する現代社会のなかで著しく損なわれている。女性のなかの女性性はもちろんのこと、男性のなかの女性性も損壊させられており、すなわち男性もまた彼らが作りだした男性的な社会のなかでは被害者であるのだ、と。

もともとのバタイユの文脈から大きく外れてしまうことは承知しているのだが、それでも敢えてつづけるならば、「男性のなかの女性性、女性のなかの男性性」とは、ほかでもないわれわれにとっての他の存在との〈連続性〉のことではないだろうか。わたしたちは、肉体的な存在としてはどうしようもなく孤独で、このみずからの身体感覚は、だれとも共有することはできない。他者の存在とのあいだには、大きな深淵が広がっている。しかし、わたしたちはここで希望を捨ててしまってはいけない。自分のなかには、じつは他者のもっているなにかが眠っている。そして同様に、他者のなかには、じぶんのもっているなにかがあるはずなのだ。したがって、他者とは、つねに理解しあおうと働きかけつづけることが可能である存在である。その過程のなかで、他者のなかに――あるいは異性のなかに――自分のもつなにかと同じ性質のものがあると発見すること―――それは差異を無視して、他人と同一化することではない。それは差異を無理やりに潰して、同じ土俵に立とうとすることではない。他者とわたしは違う。わたしたちは非連続性のなかにいる。そう認めながらも、わたしたちのなかにある共通する〈連続性〉を探しあてる終わりなき営みなのである。ニキ・ド・サンファルは、ある時点で、この営みのなかにひとつの歓びを見出したのではないだろうか。だからこそ「ナナ」たちは、その発見を祝祭するために、鮮やかな色彩を身に纏い、歓喜のなかで踊りはじめたのである。わたしたちも、難しいことを考えるのを辞めて、いますぐにでもその踊りの輪に加わろうではないか。

 

[ 追記 ]

この文章を書きながら、ニキ・ド・サンファルの後期に発表された(今回の展示では「精神世界へ」と表題をあてられた章の)作品たちもまた、バタイユ『エロティシズム』の思想を用いて理解することができるかもしれない、と思ったのだけれども、すでにあまりにも長くなりすぎてしまったので、またいつか気が向いたら書くことにする。その気はおそらく向くことはないだろう、という予感めいたものはあるけれど。


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