インド旅2012 ◆ 出発〜喧噪の街デリー

インド旅2012 ◆ 出発〜喧噪の街デリー僕は結構、というかかなりずぼらな性格で、前もって入念に準備をする、ということがどうも出来ない。
そのせいで何度も遅刻したりだとか、それから遅刻、あとは遅刻したりなど、さまざまな苦い経験もしてきた。だが一向に治らない。

それが僕の生き方なのだろう。とか何とかばっさりと切ってしまうと、本気で僕という人間は今後終わると思うので、日本で生きる上では社会にしっかりと出るまでにしっかりと治すようこれからも尽力して参ります。

さておき。旅のやり方も、前もって入念に準備をするということはしないし、どっちかというとやりたくない。だから僕はほとんど計画を立てていなかったし、今回は情報を集めることもあまりしていなかった。

デリーIN/OUTという航空券と、インドVISA(前回触れなかったけどインドに入国する際はみなVISAが必要です。)だけ既に持っていたけれど、デリーから南部にいくのか、北部を回るのかということすら、出発2日前に決めた。北部かあ、タージマハル、ガンジス川、カルカッタ。名前はきいたことあるな。まあ初めてだし、王道だし、まあ北部を回ればいいかあとか。
そのときはじめて数日前に一緒にご飯をたべた仲の良い先輩(彼はちょうどそのときアラスカにいた)から借りたインドの地球の歩き方を読んでみたり、あるいはネットを走らせて情報をぽつりぽつりと拾っていって、B5の「旅ノート」と命名したキャンパスノートに情報を書きなぐっていく。結局僕が旅ノートに書き記した情報は貧弱すぎてあまり役に立つことはなかったけど。

また僕は、旅に限らず、イベントがすぐ先に待ち構えていようと気持ちはあまり高揚しないタイプで、そのときも至って冷静だった。実感が伴っていなかったというほうが正確かもしれないけど。
荷造りを始めたのはいつものように出発当日で、そのときも1日後には日本から遠く離れた大地を踏みしめている、なんて頭では分かっていてもまったく実感が沸かない。どうやら俺はインドに行くらしいぞ。そう理性が語りかけるも、感情は呼応しない。

それでも荷造りが終わってバックパックにモノを詰め、現地での荷物を減らすため空港までの寒い東京の夜を辛うじて耐えられるくらいの衣服に身を包んでから、すこしだけわくわくしてくる。夕飯を取って、家を出る。1ヶ月後無事に帰ってきて、どんな気持ちでこの玄関にもう一度足を踏み入れているんだろうだとか、そんな思いで家を後にする。それから、絶対また帰ってきますと胸中で誓った。それだけは何よりも守らねばならぬと。

たぶん人によってはこの時点で期待と不安の入り交じったわくわくが爆発しそうになってるひともいるんだろうな。いいな、そういうのも。僕はなぜだか、そういうタイプではない。それでも、いつもよりもどこか浮き足立っていた事は確かだろうと思う。

バックパックの中身やらは、旅の記録を参考にしてくれればよいのだけれど、それらを詰め7.2kgのバックパックをしっかりと背負い、いろいろと入ったサブバックを身体の前に掛け、羽田空港に。
バックパックにはまだぜんぜん荷物はいりそうです。55L買ったのだけど、45L分くらいしか入ってない。だから機内にも持ち込めることに。

飛行機が発つまで、夜の羽田空港の出発ロビーでtwitterのTLを追ってしみじみとしておりました。しみじみ。
深夜、日本が眠りにつくなか、僕は0:20の飛行機で日本から離れる、おやすみなさいとかボソっと言ってた。言ってなかったかもしれない。

タイのスワンナプーム空港でトランジット。
初めて降り立った1年前、「スワ…ぜってえ覚えられないだろこれワラワラ」と思っていた僕ですが、記憶ってすごい。むしろはっきりと覚えてますわ。スワンナプームスワンナプームスワンナプーム。

なんか知らないけど、やっぱり臭いのは気のせい?
空港から何か臭うんだよなあ、タイのこの臭い。でもほかのひとに訊いてもだれもわからないと云う。気のせいかあ。

乗り継ぎは2時間程度待つのみで、ジェットエアウェイズに乗り換える。さあインドやぞーうおー。

そして僕は10:00手前、インド・デリーにあるインディーラ・ガンディー空港に着く。

で、最初の関門は入国となるわけで、まあ大体の場合において適当なことを答えていれば普通は通れるはず、が…。

「お前顔が違う、違う人間だろう」

は?
パスポートにある僕の顔写真(当時16歳高校1年生)と今の顔が違うとかでやたらじろじろと見られ、周りのひとがするすると関門を抜けていく間しばらくインド人のイミグレで止められている。
「いや髪型変えましたし」「成長期ですし顔も変わりますわ」「やっぱり経験積んだんで顔がしっかりしてきましたわ」とかずらずらと釈明をし続け、訝しがるイミグレのオッサンをなんとか説得してやっとハンコを押してもらう。

ここで入国拒否とかなったらあまりにも笑えません。しかもパスポートと顔が違うとかそんな理由で!
まあああは説明したけどせいぜい2年半前なわけで、そんなに違うかな…と若干ショック受けてました。昔と今どっちが良いのだろう。まあパスポートの写真は公開しないけど。しないけど。

とかく、インドに降り立つ。INCREDIBLE INDIA!
インドは意外と臭くないです。まあ空港で判断するべきではないとおもうけど。結構強烈な匂いをイメージしていただけに。

まずは両替かな、と思って空港内にある銀行へ。
地球の歩き方には「空港内の銀行での両替は気をつけろ、お金を定額よりも減らしてポケットに忍ばせてる悪い奴らがいるぞ」と書いている。日本じゃありえないけど、札数をその場で数え始めたら1枚2枚追加されることもよくあるそうです。
僕はというと、1万円だけ両替してお金もその場で数えてしっかりあったので、それで帰ろうとすると「たったこれだけ?街中にある両替所よりここでやったほうがオトクだよ、ここ以外だと手数料がもっと馬鹿高いよ」とかおっしゃる。やたら食いついてきたので逆に危ないとおもって丁重にお断りしたら舌打ちされた。結局旅を通してあそこほどレートが悪いところはありませんでした。手数料なんて他のところはもっと安かったです。早速ボラれそうになった(?)けれども、まあ何とか1万円を悪いレートで両替した程度の被害で留まり気を取り直し出発。

が。デリーの空港のドアの向こうもまた危ない。これまたあちらこちらからインド人が待ち構えて話しかけてきて、良い宿だとか交通手段をオススメしてくるんだけど、そのうちの99%が詐欺師だから絶対に信じるなと言われている。
これまで旅の初心者たちが彼らの口車にまんまと乗せられ、金をぼったくられていったという被害報告があとをたたないそうな。
99%ってほんとかよ、とか思ってたらば、とある人がこんなことを言っていた。

「いや詐欺師率99%じゃないよ、違うよ。100%だよ。

あら。僕はこれを聞いて一層身を引き締めて、空港から出た。

うーん、確かに。わらわらとインド人が沸いております。これは面食らう気持ちもわかりますわ。
ぜったいに騙されないと誓って、毅然とした態度で歩いて地球の歩き方さんに書いてあったDTCという公営のバス乗り場を探す。これがなかなか見つからないし、途中で詐欺師のインド人が寄ってくるから気をつけろ…とか言われて本当に気を引き締めていたんですが、ちょっと歩いたらすぐに見つかった。
その間誰一人として話しかけてくれなかった。すこし悲しかった。誰かひとりくらいぼったくろうとしてくれたっていいじゃないか!こっちはこんなに構えてるんだから!ちょっとくらい名物のデリーの詐欺師を楽しみたかったなあ。もうちょっとオドオドしてキョロキョロしていればいいのかしら。だから、デリーにいくひとは空港を出たらオドオドしてキョロキョロすることをお勧めします。

ちなむと、インドでは航空券を持っていないと空港の建物の中には入ることができないようです。だからある意味では空港内は安心。そうやって気を抜いていたらば逆に危ういかもしれないけれど。だから空港出た途端インド人があんなに湧いているわけですね。納得。

そしてまずは旅人が目指すとされるデリーの中心、「コンノートプレース」を目指します。
渋滞してたのかDTCの75Rs(約110円)のバスで2時間くらいかかる。周りにインド人しかいないバスで2時間、まあほとんど寝てたけどね。いきなり寝てましたわ。荷物もすべて持ってるし着いたばっかりなんだからもうちょっと気を張ってたほうがいいんじゃないのというご指摘は最もです。でも眠かったので仕方ないです。

しばらくしていたらコンノートプレースの隣のバス停へ到着したようで。ろくにアナウンスもされないし、標識もなにもないのであたふたしてぜんぜん分かんねえっておもっていたら、隣のインド人に「ここだよ」とおしえてもらいました。ありがとう。

コンノートプレースは円形の芝生の広場みたくなっていて、ここでインド人ファミリーなどが寛いでいる。みんな寛いでるから、とりあえず僕も疲れたあとおもって足を伸ばして寛いでいた。インドついたなあってボーっとしながら思ってた。そっか、ここはインドかあ。

でかいバックパックを背負ってひとりで日本人がうだうだしているので、そりゃまあ目立つんですけど。そしたらひとりインド人がよってきました。

「オニイサンコンニチハ〜、ぼくJapanese Friendタクサンイルヨ〜」

明らかに胡散臭い。彼が持っているノートも見せてきて、そこにはたしかに日本人と思われるひとたちが書いたコメントが日本語でたくさん書いてある。『彼に出会えてよかった!』『最高!』『すごい気持ちよかった!』『安いしまたやってほしい!』
どうやら彼は耳かきを生業としていて、僕に話しかけてきたように旅行客を捕まえて耳かきで金を取っているらしい。どう見ても胡散臭い。この上ないほど。

とりあえず面白いので相手をする。耳を見せろとしきりに言うので見せてあげたら、「キタナイ〜Veryキタナイ〜」と連呼。ごめん。たぶんおれも汚いと思う。そして「Just Looking」といわれ、耳を貸して耳掃除を始めました。結局滑らかにするだの何だのいって薬っぽいよくわからないものを耳にいれられたりしてひたすら耳掃除。インドにきて初っ端これかあ。わるくないけど。

でも、確かに耳からはボロボロと耳くそが出てきました。自分でやってもぜったい取れない。たぶん片耳だけでトータルで直径1cmの玉になるくらいボロボロでてきてびっくりした。これ本当に自分の耳から出てきてんの?と驚くばかり。それなりに気持ちがいいので別の耳もやってもらう。ただヘラみたいなのは手で拭いてるだけだしこれまでいろんな人間の耳くそを掃除してきたんだろうとおもうと、そっちのほうが汚いよね、とも一瞬思った。まあどうでもいいけど。

終わったら恒例の値段交渉です。もともとは払う気なかったんだけれど、普通に気持ちよかったので、バスのお釣りでちょうどあった25ルピーだけなら払って良いかな、とかおもってたら500ルピーとか要求してきて、はいはい払うわけないよ、これで十分だよ、とか25ルピーを押し付けて帰ろうとしても返してくれない。なんかやたら怒ってる。自分は8人の子どもをこの耳かきで養っているんだ、もっと敬意を払うべきだ、とかなんかいってる。ずっと怒ってたけどゴリ押してちょっと怒鳴ったらさっさと行け!っていわれた。後味あまりよくないけど僕が勝ちました。やったあ勝ったよお母さん。

耳くその話をしすぎた。このあとは宿を探すためにコンノートプレイスから、メインバザールの通りに向けて歩きます。これが意外と距離があった、きがする。太陽の位置を確認しつつ方角を合わせて歩いた。歩いた。

ところどころ普通にこういう工事してて歩きにくくてしゃーないです。工事のおっちゃんもう少し通行人気にしたらどう?

途中どうみてもCREATIVEとは思えないようなパソコン教室に出会いました。逆に興味わく。通いたい。何を教えてくれるんですかね。DTP Job Workって書いてあるけど。アドビ製品とか持っているのかな彼らは。たぶん持ってないんだろうな。たぶん。実は蓋をあけてみたら超クリエイティブだったとかそういうオチかな。いや。

そのあと、しばらく歩いてやっとのこさメインバザールへ到着。

えっと…なんだろうこの喧噪は…っていうのが第一印象ですね。
バンコクのカオサンロードもバックパッカーの聖地として有名ですが、あそこはだいぶましだったと気付きました。なぜなら車が入ってこないから。車やら、牛やら、リキシャーやら、人やらが蠢きまくっている。

何等の光彩ぞ、我目を射むとするは。何等の色澤ぞ、我心を迷はさむとするは。
「舞姫」の豊太郎がウンテル・デン・リンデンを初めて目の当たりにしたときの気持ちがわかったきがする。たぶんそれとは結構別の種類の驚きだとは思うんですけど。
とにかく、彼らはクラクションの使い方が分かっていないようです。クラクションがなっているのがデフォ。何の意味も成していない。道路に白線引かれているけど誰も気にしていないし、人が道路をわたるときも車の間を縫って、あるいは車を止めて何とかわたる感じですね。日本の信号がどれだけ平和に思えるだろう。

そんな喧噪のなかのメインバザールをふらふらと歩いて、屋台でなにかを食し、ウィンドウショッピングをして、いろいろごちゃごちゃふらふらしていた。宿はその日は探すのも面倒だったので客引きにそのままついていって、部屋をしっかりと確認して(シャワー着いてるか、布団きれいか、南京虫とかがいないか)SILVER PAPACE(銀の宮殿)という名前にまったくふさわしくない300Rs(450円ほど)の安宿に泊まりました。どの神経であれを宮殿と呼べるのか意味がわからない、というレベルの宿でした。まあ多少きたなくても基準をクリアして寝れれば十分です。

夜までふらふらと出歩いて宿に戻り、いつもとはちがう固い枕とベッドに身を横たえて、ついに来たなあインド、明日からどうしようかなあ、とすこしのワクワクを感じつつ、眠りに落ちます。1日目が終わる。

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