第61回、学院祭

第61回、学院祭今から3年前のこと。

当時中学3年生だった僕は、何となく塾に入って、入ったクラスの流れから何となく早慶とか、そんな高校を目指していた。
元々高校受験とか、そんなものにあまり興味は無かった。落ちたら落ちたで、家から近い適当な公立高校に入れればいいや、とか思ってて。
ああなんで勉強してるんだろうと受験生にありがちの疑問を抱きつつ、惰性で勉強してた。まさに惰性と言えるんじゃないかなあ、あれは。

 

その日は友人に誘われて、高校の文化祭にいくことになっていた。

午前中に、早稲田実業の文化祭。それまでは確かここを第一志望に書いていた気がする。
何となく慶応よりは早稲田、と自分では思っていて。共学だし、大学受験も無いらしいし、という理由で、大して知りもせずにその名前を書いていた。

実際に行ってみて、「ああこんなものか」と思った。
なるほど確かに、皆楽しそうだ。校舎はきれいだ。小室哲哉か。さすが早稲田だ。
ふうん、自分は来年もしかしたらこんな光景を構成する1ピースになるのか。ふうん。

 

そして実業を後にし、午後にはそのまま、早稲田大学高等学院の文化祭へ足を運ぶ。

 

第58回、学院祭。
今でも覚えている。装飾テーマはジャングルだった。堂々と校門に聳えるアーチ。
校舎へとすっと続いている並木道。ごった返す人。女子高生。
高校生と思えないような色とりどりの頭。何よりも溢れんばかりの活気。活気。

 

衝撃を受けた、という表現が適切だろうと思う。
そしてその雰囲気がたまらなく、気に入った。ここの学生になりたいと思った。

帰ってからも興奮は収まらない。インターネットを走らせる。
早稲田大学高等学院、そのワードでヒットするありとあらゆるところを見た。
たぶん僕ほど受験前にこの学校について調べまくったひとはいないと思う。

学院祭で感じた衝撃、興奮はそのまま学院への思いに変わる。入りたい、と始めて本気で思った。
むしろ、入れなかったらどうしようとさえ思った。学院以外には行きたくない。
周囲にはあまり公言しなかったけど、僕は学院にしか興味がわかなくなっていた。慶応日吉キャンパスの並木にもある一種の感動はあったけど、気持ちはゆるがない。

 

それから数ヶ月、それなりに勉強して、そして、そして3年後の今。
学院生として、おそらく僕にとって最後であろう、第61回学院祭を迎えていた。

 

10月8日、9日。第61回学院祭。
美術テーマは「和」キャッチコピーは「新たな一歩を、今。」

 

僕は学院祭がすごく好きだ。 3年前に感じた活気は確かにここにあった。

学院生みんなが、スタンスは違えど2日間に本気で楽しみにしている。
俺は女子高生のメアド何人にきくんだ、とか、お前には無理だ諦めろ、とか何だと見てろ、とか。笑
多くが学院祭というひとつのイベントに対して並々ならぬ熱意を持っていて、それがひとつの方向へと向く。

今年は特に格別だった。学院最後の学院祭。
学院祭そのものをつくりあげてる執行部のひとたちにも知っている人は多い。
彼らの熱意も間近でみている。

僕は執行部でも何でもないし、中核となってこの2日間をつくりあげた訳ではない。
本音を言うならばもっと中核でいたかった、という思いもある。

でもクラス有志代表として、クラスに貢献した。と思う。なぜかって、クラスが好きだからだ。自分の居場所はそこだと思っているから。

クラスのテーマはジャングル。
色々と理屈づけてそれに至った経緯を説明したけれど、告白するならばそのテーマにしたのは3年前に訪れた学院祭のテーマだったから、というのが大きい。
かつて憧れた学院祭を、最高学年として、クラスとして、なぞる。少なくとも僕にはそれが大きい意味を持っていたんだと思う。

準備は正直言うと辛かった。

大して何もやっていない奴らに譏られ、仕事も意味のわからないくらい多い。
学院祭前数日は寝れない日が続いたし、 いくら周りに声を張り上げても伝わらないこともしばしば。
ああ、なんで俺こんなに頑張ってるんだろう、とかここで投げ出したらどんなに楽か、とか。

多くの葛藤に苛まされたけれど、それでも、それでもやっぱり楽しかった。
ジャングルだから、雨の中、裸足で体操着を着てずぶぬれになりながら憩いの小径から木を運び出す、とか
普段はあまり一緒にならないようなメンバーで買い出しにいったり、だとか。

そして、何とか、何とかつくりあげたジャングル。

2日間のあいだでクラスメートが嬉々としてクラス企画を回しているのを見たりと彼らの嬉しそうな顔を見ると本当に頑張ってよかったと思っている。
ついてきてありがとう。

見事うちのクラスは審査員賞の2位を頂いた。
本当に嬉しかった。頑張ったことが評価された、と素直に喜んだ。

広い敷地に、いろんな企画があって、その中のたったひとつの小さな部屋だけだけれど、
僕は学院祭をつくったうちの一人だと胸を張って言いたい。3年前の自分に誇ってやりたい。

 

 

 

ありがとう、学院祭。

おつかれさま。

 

 


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4 Comments

  1. 今夜のおかずは大好物のコロッケでした

    僕は君のことが嫌いです。

    それも含めてか、これまでの二年間を通して、「どうせ今年も井上のおかげで失敗するだろう。」と勝手に決めつけていました。
    ごめんね。

    今回ちょこっとガチでやってみたくて、少し君に近づきたくて、それでもお互いに全然わかりあえなかったね。
    僕にとって君はただ突っ走っているだけにしか見えなかったし、君にとって僕はきっとただ文句を言うだけの、うっとおしい存在だっただろうね(笑)
    大して何も~のくだりは何となく自分のことじゃないだろうかと、胸にくるものがあったよ。

    それでも何とか君のそばにずうずうしく居座って、学祭を終えてみて井上ってすげーなぁと普通に、素直に、尊敬しました。
    実際、当日もたくさん不満は残ったけど、井上以外の誰にもここまでの学祭は作れなかっただろうなと超個人的に思います。
    準備期間含めて色々とありがとう。
    今も井上のことが嫌いだってことに変わりはないし、目指したいとは思わないけど、それでも尊敬してます。
    見てて最高だった、君と一緒にというわけではなかったけど、それでもその中に少しでも加われてよかった。

    お疲れさまでした。
    ありがとう。

    1. immoue

      コロッケさん
      実際のところ、君のその一言が原動力となっていたといっても過言ではないよ。言わせてたまるかと思った。最初は純粋に腹が立った。
      だけど、君は自分を卑下するけど君の意見はいつも貴重だったし、誰よりも頑張ってくれた。僕があまり強く干渉できない、僕に反感を抱くひとたちとの仲介としても活躍してくれた。君がいなければ何もかもがうまく回らなかったと思う。
      確かに自分の不備もたくさんあったと思う。本当に至らない部分は多かった。自分のやりかたも合っていたか分からない。
      でも君が少しでも成功したと思ってくれているなら、君の言葉が原動力でもあった分、それは頑張ってよかったと思う。
      こちらこそありがとうね。嫌われてるのは別にいいんだけど、ちなむと俺はあんまり嫌いじゃないよ。かっこわらい。

  2. ytanaka

    久しぶりに学院祭の熱を思い出して、学院祭について色々ググってたらたどり着きました。
    随分前の記事だから、このコメントが果たして届くだろうか…。
    届くと信じて!

    58代学院祭で実行委員長をやった田中です。

    自分たちの作った学院祭がこうして後輩に受け継がれていることに、純粋に感動しました。
    もう君にとって1年以上も前のことだから記憶として忘れつつある部分もあるかもしれないけど、
    根っこの部分にある情熱は今もかわらず持っててくれたら幸いです。
    まあ、それは心配しなくても大丈夫なのかなー?って気もするけど!
    なんたって俺にとってはもう4年も前のことなのに、あの日感じた熱量は今も変わらず鮮明に覚えているから。

    ジャングルがテーマのクラス有志、是非見てみたかったなあ。
    自分も中学3年のときに学院祭を見に行って「これをやりたい」「学院に入れなかったらどうしよう」
    って思って学院に入った一人だから、学院祭にかけた3年越しの思いが如何に大きいものだったかは
    すごくわかります。きっと良いクラス有志だったんだろうなあ…。
    「ジャングル」って、なんか剥き出しの闘争心みたいなものが感じられていいテーマだよね笑

    正直、「執行部」「学祭委員」「クラス有志」の順でランク付けして考えてる学院生が沢山いるのも事実。
    もしかしたら当時「なんでクラス有志でそんなにアツくなんだよ?」みたいなこと言われたかもしれないし、
    君自身「もっと中核でいたかった」って気持ちも、ちょっとだけあったかもしれない。
    でも、2先人弱ひとりひとりのパワーが集まって出来るのが学院祭だし、むしろそれこそが学院祭の本質だったな
    って今では強く思う。
    執行部とかは、そんな一人一人を支える仕事だしね。

    だから、「自分の居場所はそこだと思っている」って言葉には、痛く感動しました。
    「自分は61代の学院祭を作り上げた」と、中学三年のときの自分に誇ってあげてください!
    絶対に、61の学院祭をみて学院に入った奴がまたその伝統を受け継いでくれるはず。

    それでは失礼しました。。。
    このコメントがいつか届けばいいなーと思います。

    田中良樹

    1. イモリ

      田中さん
      コメント拝見しました。まさか58回の実行委員長にこの拙い記事を見て頂けるとは思ってもいなかったです、恐縮です。記事にも書きましたが、僕が学院を目指すことを決意したのはあの58回学院祭に足を運んだからに他なりませんし、本当に学院でよかった、というふうにも思っています。田中さんを筆頭とした当時の学院生ひとりひとりが作り上げたもののおかげです。本当にありがとうございました。
      僕らが当時の同じくらい素敵なものを引き継げたかはわかりません、いわゆる「学院の良さ」というものも制度や校舎が変わったりとさまざまな要因により年を追うごとに(僕が卒業してからも更に)消えつつあると聞きます。ただ61回に対する執行部のひとたちやクラスメイトの姿勢を見ていた限り、田中さんの言う「根っこの部分の熱意」は恐らく変わらず持ち続けていたと思うのです。どのような形になろうと、規模が変わろうと、少なくとも学院祭に惹かれて入ってくる受験生がいる限りは、きっと何かしらその熱意はいつまでも持ち続けてくれるはずです、僕もそう信じてます。そのようにして今年までで数えて62回、学院の伝統が引き継がれてきたと考えるとやっぱり胸が熱くなるものがありますね。実行委員長をされていたのならばなおさらそうだと拝察します。

      僕も仰る通り執行部に入っておけば良かった、と思うことも何度かありましたが、今ではやっぱり3年間一緒だったクラスに、いちばんの居場所だったところから学院祭を作り上げることができて良かった、とささやかで極めて内的なものではありますが誇らしくも思っています。1年経ったいまでもそうですし、おそらく何年経っても記憶のどこかにはきちんと仕舞われているだろう大切にしたい出来事です。

      本当にわざわざコメントありがとうございました。
      井上遼

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