トルコの大地に降り立った(トルコ旅2012その1)

トルコの大地に降り立った(トルコ旅2012その1)

飛行機から降りると途端に、厭味のない太陽が照りつけ、からからとした心地のよい風があたりを吹き抜ける。頭上では三日月と星が刻まれている赤い国旗が踊っている。どうやら、トルコ・イスタンブールの地に僕は遂にやってきたらしい。

(そこへ辿り着く前、例によって日本出国前にバタバタしたりだとか、上海でバタバタしたりだとか、モスクワの空港でロシア人の美女(7割少女)たちに目を奪われていていまのうちから許嫁にして手塩にかけて育てたい()とか、いろいろあったのだけれど、ここでは残念ながらそれらは省略して、ここからはじまる1ヶ月にわたるトルコの旅の記録をお届けします。)

イスタンブール。何と繊細で美しい響きだろう。今回の旅の行く先をなぜトルコにしたのか、べつに取り立ててトルコにこれをやりにきたと言える理由なんかない。あるひとは世界三大美食の国と言われるトルコの料理を食しにきたというし、またあるひとはこれまでのトルコの持つ長い歴史を肌で感じて学ぶためにトルコに来たとも言う。僕はというとどうだろう、そのトルコという大地にただ何となく惹かれてただただやってきた。ただ、その「何となく」のなかに、このイスタンブールという地名の響き、そこへと足を踏み入れることへのふわりとした憧れが幾ばくか要素としてはいっていた、というのは間違いがないと思う。あの海の向こうの世界にあったイスタンブールに足を踏み入れたみたいだ。深く息をつく。

さて。とりあえず入国手続きをして、両替所に向かって1万円をトルコリラ(TL)に換える。220TL。1円で45TLといったところ?ふむ。あとから知ったけれど、やはり他国と同じようにあまり空港のEXCHANGEの両替所はあまりレートがよくない。イスタンブールであれば、グランバザールで換えるのが一番よいです。とはいっても、ここで換えないと何もできないけど。

そうしてとりあえず、街の中心へ向かうことにした。スルタンアフメットと言われるイスタンブールの見所が集う地域に。

運賃2TL(90円)の地下鉄からまた2TLのトラムヴァイ(路面電車)を乗り継いで、ずかずかとイスタンブールの中心街へ向かう。

流石、外国人の多くがイスタンブールがトルコの首都だという勘違いしているように(トルコの首都はアンカラ)、ひとも多く街も賑わっていて、またカラカラとした気持ちのよい暑さと美しい石畳の町並みがそれらしさを増す。トルコの国はしばしばアジアとヨーロッパの中間地点と言われるけれど、その最たる場所はボスポラス海峡でその領域を隔てるイスタンブール。このイスタンブール、ヨーロッパからやってくるとアジアを感じ、アジアからやってくるとヨーロッパを感じるというから面白い。アジアからやってきて、ヨーロッパに足を踏み入れたことのない僕は、町並みであったり、あるいはブロンドやら、黒髪の美女を筆頭としたひとびとの振る舞いに、ものすごくヨーロッパ的なものを感じていた。(トルコ人の女性が予想以上に美女すぎてこの旅の道中しばしば僕は目を奪われることになる)

見所が集まっている、スルタンアフメットに着いてあてもなくぐるぐると辺りを歩く。

トラムを降りてすぐにブルーモスクがある。観光客がごった返している、そこらでとうもろこしを屋台で売っていていいにおいが漂ってくる。僕はバックパックを抱えながら高鳴る気持ちとともに歩みをすすめる。

そこからすこし歩いて、ボスポラス海峡、おそらく向こうはアジア側で、そんな美しい海からの景色を眺めてしばらくぼーっとしていた。トルコにやってきた。イスタンブール。イスタンブール!

さてこれからどうしようと思っていた束の間、たまたま同時期にトルコを旅していた高校の先輩より、お呼びがかかる。さっさとカッパドキアに来い、と。はい。かしこまりました先輩。いますぐ向かいます。仰せの通りに。イスタンブールに入ったのも束の間、半日も経たずしてこの地を離れることになった。やれやれ。何も見てないよ。あれほど期待に胸を膨らませてテンションがあがっていたのに。まあいいけどさ…!いいけどさ…!出国のときにまた訪れる予定なので、そのときにお預けです。日本の満員電車にも引けを取らないレベルで満員のトラムヴァイに揺られて、数時間前に来たルートを戻ってバスターミナル(オトガル)のエセンネルへ。

トルコはバス大国といわれるほどバスの交通網が発達している。このイスタンブール郊外のエセンネルというオトガルにやってきて、そのバス大国という言葉に成る程とおもった。こんな写真のように、バス会社がずらーっと所狭しと並んでいて、バックパックを担いで歩こうものなら客引きが右から左からしつこく話しかけてくる。「どこいくの?」「カッパドキア」「さあこいこいこい」

ぼちぼち着いていって話をきいていろんなところを周り、価格競争をさせ何とか購入。世界遺産のカッパドキアまで、55TL(約2,500円)、11時間の深夜バスの旅。ううん、高いんだか安いのだかよくわからない。しかし早速こんなことになるとは。まあいいけれども。

トルコのバスは、クオリティが高い。バスがメルセデスベンツなんてざらで、中にもディスプレイが全座席についていて、座席もふかふかできもちい。Wi-Fiもついている。

こんなことをきいてワクワクしながらバスに乗り込んで、Wi-Fiに早速繋げようとして確認すると、「No Wi-Fi」とドヤドヤとした顔で言われた。お前チケット買うときWi-Fiついてるよっていってたくせに…!確かに座り居心地はいいのだけれど、目の前についているディスプレイでTVを見ても映画を見ても当たり前のようにすべてトルコ語だし、すこし時間が経ったら電気も消えたのでやることもないまま眠りについた。

僕はどこでも寝れるということを特技のひとつに数えている。この深夜バスも、次に目が覚めたのはバスのスタッフに起こされたときだった。ややあって、安宿やらが集まっているというカッパドキアのギョレメの街へ。UFUK Pensionという宿に先輩が泊まっているときいたので、ややあったけど何とか到着。

UFUK PENSION。オーナーの奥さんが日本人らしく、かの聖書「歩き方」にも載ってた。ただ僕がいったときは奥さんはいなかったので名物らしい親子丼を頂くことは結局できず。残念。
洞窟ドミ1泊20TL。ただし、洞窟ドミは場所によっては寝ている間にパンツのなかに砂がはいってくるらしい。僕は被害に遭わなかったけど。起きたらパンツのなかがじゃりじゃりいってるなんて絶対やだ。というかどうやったらパンツのなかに砂がはいるのだ。布団も被っているはずでは?よくわからないけどとりあえずパンツに砂が入るらしいので気をつけてください。

とりあえずついて、先輩を探す。

いた。普通にいた。何の迷いもなくいた。前回インドに行ったときも、たまたま日本での友人と途中であったのだけれど、何ていうか普通に違和感ないね。まったくない。とりあえず一緒に朝ご飯を頂きます。宿でサービスしてくれることになった。この朝ご飯のスタイルはこれから先何度もトルコで頂くことになります。

トルコのパンは総じてEkmek(エキメッキ)というのだけれど、これが美味い美味い。すごくモチモチしている。トルコのパンは世界一!というのをきいたことがあるけれど、それにも頷ける。フランスパンなんかよりはぜんぜんおいしいです。いろんな国の旅行者と話したけれど、やはり皆口をそろえてフランスパンとかよりも美味いという。フランス人以外は(笑)フランス人だけはフランスパンの方がおいしい、歴史があって奥が深くて…しばらく語り始めて頑として譲らなかった。ちょっと面倒くさかった。

だから朝ご飯からエキメッキをがつがつ口に押し込んで、まるまる一個とかぺろりと平らげられる。そしてこれがまた安い。店によるけど、0.5から0.75TL(20円〜35円)くらいでそこら中に売ってる。レストランやら朝ご飯やらでは、基本的にタダでエキメッキが置いてあって、いくら食べてもいつまでもおいしいエキメッキが無料。聞いた話によると、トルコでは政府がエキメッキの作り方を定めていて、それに沿って作らないといけないだとか。そんなものって日本であるかしら?でも確かに、どこで買っても同じようにおいしいし、外れを食べたことがなかった。

とかく、こうして毎朝お腹いっぱいになるまで朝ご飯を食べて始まる一日はぜんぜん悪いものじゃない。日本での暮らしだと朝は時間がなかったりとかしてあたふたして、あまり朝ご飯に時間をかけてゆっくりと腹一杯になるまで、ってなかなかないけれど、ゆっくりと食いながら「さて今日何やる?」とぼんやりとこれから始まる1日について思いを巡らす朝。

気分はなかなかいい、です。

この日は、その先輩とバイクを借りてカッパドキアの街をぶんぶんやっていました。ギョレメからウチヒサルという丘になっているところに上っている間ふと目をやるとそこにはギョレメの街の絶景が広がっていた。僕は「すげー!すげー!」とまるで子どものようにバイクを走らせながら叫びまくる。

このカッパドキアは、複合遺産として世界遺産に登録されているのだけれど、何が評価されているかというとまずはその奇妙な地形である。まさしく「奇岩群」というべき形のおかしな岩たちがあちらこちらに突き出てそれが連なって不思議な光景をつくりだしている。これはかつて噴火があったときに何たらこうたらでこのような地形になったのだとか。

ひとびとはこれまでの歴史のなかで、その奇岩群をうまく住居やら生活の拠点として使ってきた。このトルコの大地の長い歴史のなかでキリスト教徒の逃避地としても使われたことがあり、あちらこちらにキリスト教の教会やら絵画が残っているらしい(一度も結局見なかった)。

とりあえずこれは写真を見たほうがいいのかしら。大したものは撮れなかったけれど、これから妄想でもしてください。

バイクでその日向かったのは、デリンクユというギョレメから約50km離れたところにある街にある、地下都市。Underground City。何ていうかこの響きだけですでにワクワク感がある。地下は7階までになり、ここで数万人が暮らしていたという。だから学校と思しきところやキッチン、トイレなどひとが暮らしを営む上のものはすべてある。しかも、かつてキリスト教徒がここに隠れて暮らしていたことは分かっているらしいが、それ以前にこの地下都市は古くから存在したらしく、「誰が・なぜ」このような巨大な地下都市を作ったのかいまだに分かっていないという。それだけですごいワクワク感が出ますよね。

息をゼイゼイ吐きながらいろんなところを回ってそれなりにアドベンチャラスしたきがするけれど、入場料15TL(650円くらい)の価値があったかと言われるとよくわからない。まあ、おすすめです()。

帰りにバイクを走らせていると、すこし面白そうな集落があったのでバイクで乗り込んでみると、おばちゃんに会った。英語はまったく通じないけれどすごい優しいおばちゃんで、ひまわりの種をくれた。

どうやら彼女らはここでひまわりの種を日干しにして乾燥させて採集しているらしい。両手いっぱいからこぼれるほどひまわりの種を貰って、実はこのときがひまわりの種をはじめて食べたときなのだけれど、それ以降トルコ各地でひまわりの種は頂くことになる。これが何だかやたらハマった。

そのままギョレメの街からすこしいったところにあるSunset View Pointへふたりでバイクを走らせる。あまりバイクが得意じゃないのでガタガタの石畳の道はすごい怖いです。もうなんであんなガタガタすんの。怖すぎ。ちなみにこの日、一度気を抜いていたらこけてそれなりにお肉がえぐれました。痛かったです。気を抜いてはいけませんね。

この夕日ポイント、ちょっと進んだところで2TL(90円)も取られてくっそー!と思っていたのだけれど、でもその価値はあった。その近くにある山に二人で上って、だいぶアドベンチャーをした。気がする。

こういうのって、ひとりできてもそれなりに愉しめることは愉しめるけど、ふたりで普通にすごく楽しんで帰った。こういうのも、ぜんぜん悪くないとは思う。だからたまに誰か気心を知れたひとならば、ひとりじゃなくてふたり以上で旅をしてもいいな、と。

そうしてバイクツアーを終えて宿に戻る。ちなみにバイク、トルコはぜんぜん安くなくてガソリン代含めて8時間レンタルで55TL(2500円)とか掛かる。物価が違うとはいえラオスとかだと400円とかで1日借りれたのになあ。馬鹿にならない。この日いった地下都市やそのほか諸々を回って昼食もつくというツアーも出ているのだけれど、実際こちらのほうが安い。ただバイクを走らせる爽快感に僕は半分くらいお金を出しているのでいいんだけどね。

その日の夜は近くのマーケットで安いエキメッキを買って、チーズを買って、サルチャー(トマトペーストみたいなもので、トルコ人はこれをいろんな料理に使ってる。これだけでもエキメッキの食がすすむすすむ)を買って、その他諸々のご飯を買って、同じドミトリーに泊まっていた二人を加えて、年代の近い4人で晩餐会をした。

その晩餐会を彩るのはその先輩が買っていたワインです。僕はくわしいことはぜんぜん知らないけれど、トルコのワインも最近すごいアツいらしい。で、旅の目的が「食・ワイン」である彼がカッパドキアのワイナリ巡りをして手に入れてきた彼自慢のワインを注いだグラスを片手に、夕食を頂く。ワインを除けば外で食べるよりぜんぜん安くすむ。

メロンうまい!
このメロン、本当に最高で、たまたま立ち寄った果物屋さんのおっちゃんに呼ばれて食べてみたのだけれど、めちゃめちゃ甘い。美味い。
いくらだろう高そうだなあ、とおもって訊いたら 1kgで1TLとのこと。ひとつ2kgくらいなので2TLでこんなに美味いメロンが買えてしまった。このあとも旅中何度もお世話になります。

さて夜も更けて晩餐会が終わったところで、このドミが一緒の4人で、夜ベッドに入って電気を消してからもまさしく修学旅行の夜をやっていたのだけれど、いま思い返してみてもこれも楽しかった。いままで幾度か旅をしたなかでこれまで出会ったひとびとは年上しかいなくて(残りの3人も一応年上だったのだけれど)、それもそれで別に気にならないし人生の先輩と話をするというのはそれもそれで面白いのだけれど、こういうふうに敬語を使わずに気兼ねなく話せるというのもすごくいい。これから先の旅はきっと同年代が増えてゆくだろうし、30くらいになったときに仕事を辞めて旅に出た同年代と旅先で語らうというのもまたそれもすごく刺激的だと思うのよね。それぞれが「仕事を辞めてまで」旅に出た理由があるだけに。日本の多くの企業では仕事を辞めなければ旅に出れない、という現実は重く受け止めるべきだとは思うけれどそれはまた別の話。

そうこうして喋っている間にいつの間にか眠りに落ちていた。と思ったら、朝5時に目覚ましが鳴り出す。寝ぼけ眼で起きて、ほかの人々を起こし、夏とは言え朝5時は普通に寒いなか少々ふるえつつも重ね着をしてまだ夜明け前の外へ飛び出す。(季節的には夏だけれど、地域にもよるけれど夜中・朝は普通に寒いです。長袖でも寒いです。)

カッパドキアに来たらこれはやっておきたい、とも言うべき気球ツアーに参加するべく。

宿の前にバスが止まって、それに乗り込んで気球を打ち上げるところへ。

さむい。やたらさむい。けれど、テンションあがりますね。空気を入れている間、お菓子やコーヒーが飲み放題だったので僕は片っ端から漁りました。うまい。そうこうしていると徐々に周囲の気球が上がってゆく。

なかなか奇麗です。ちょうど朝日が顔を出そうか出さまいかとしているころ、東の空が明るくなってくるころ。我々の気球も遂に準備ができたようで、早速乗り込んだ。飛行機以外の方法で宙に浮くのはもしかしたらこれが初めてかも知れない。上昇上昇。ひたすらシャッターを切っていた。シャッターを切りすぎてすこし反省した。そしてその割にはいい写真がとれなかったけれど、いくつか。

1時間程度のフライトを終え、出発点からはそれなりに離れた丘の上に無事着地する。着地のときは迫力あって面白かったねえ、地上から成人男性が5人くらいかけてきて、僕らの乗っているカゴにぐわっと覆い被さってくる。


あとで気付いたんだけどこの男ちゃっかり舌なんて出してやがる…!ベストショットですわ。このあとはシャンパンが振る舞われました。べつにそんなにおいしくもなかったけれど。Certificationとかも貰った。ぜんぜんいらない。

この気球ツアーは前述の通りカッパドキアの名物みたいになっていて、その奇形、絶景を空から眺めることができてすごくいいツアーだとおもう。朝日ってこんなに美しいんだ、って、たぶん思う。
けれどもお値段は100ユーロ(約1万円)。馬鹿にならない高さ。迷ったけれど今回参加して、まあ、よかったかなあ。ただ今回は男3名での参加だったからロマンチックもくそもなかったけれど、こういうのはカップルとか夫婦で、のほうがおすすめです。

この気球があがるさまは地上からも楽しめる。ギョレメの街には丘があって、そこからギョレメの街が一望できる。朝6時くらいに起きて丘へ駆け上がる。既にいくつか、気球があがっている。息を呑む。

朝から澄み切った空気のなかでこの絶景の前で立ち尽くす。帰ったらエキメッキの朝ご飯、それから一日がはじまる。
なんて豪華なんだ。なんて満たされているのだ。それはまぎれもなく非日常だけれど、またある意味で日常の目指すべきところだったかもしれない。とにかく、満たされすぎていた。

たとえ気球がなくとも、夕景を眺めるのもきっと美しいに決まっている。僕は、いつの日かもまた橙色に沈みゆくギョレメの街を一望するために、丘を一歩一歩確かな足取りで上っていた。上りきって、観光客が集っているスポットから、さらにさらに遠くへいってみる。

夕日を身体で受け止めて、橙色に染まりゆく奇岩を横目に捉えながら、僕はこのトルコの大地を一歩一歩確かな足取りで、一定のリズムで踏みしめる。だいぶ遠くまできたらしい。耳に届くのはただ自分の足音と、上空を飛び回る名前も知らない鳥たちの囀りと、どこか遠くから聞こえるギョレメの街の喧噪だけ。

そんななかで僕はふいに、17歳で旅をしたタイ・ラオスの地でバスの車窓から眺めた水平線に消えてゆく夕日を微かに思い出していた。すこしずつ記憶は薄れてゆくけれど、こうしてふとした折に光景と感情が共鳴してありありとかつての情感が再現されることがある。あの頃僕は、僕のほかには現地人しかいないバスの一番後ろの窓際の座席に腰をかけて、夕日を眺めて、大地を眺めて、エンジンの音を聞きながら、誰にも気付かれないように泣いていた。いろんな感情が押し寄せすぎて、思考する許容量を越えて、自然に出た涙だったと思う。

そしていま、同じような涙が目に溜まっていることに気付く。感情の波が押し寄せていた。僕はそこで足を止め、眼下に広がる夕日に照らされる奇岩群の街を、自然の力に驚嘆させられずにはいられない景観を一望する。肩に掛かっているカメラを構えようとする、けれどシャッターを切る前に、いやファインダーを覗く前に、写真ではこの感動そのものを僕以外の何者にも伝えることができない、再現することができないと直感していた。おそらくそれは、どんなに素晴らしいカメラをもった素晴らしいカメラマンでも到底不可能で、その土地を踏みしめた人間のみが感じることのできる素晴らしい景色であり、空気感であり、感情なんだ、と。けれど、ただ、自分のために。またいつか自分にだけ再現されるために。静謐とした場所に、カシャリ、という音が響く。

取り留めのない思考が渦を巻いていた、どれくらいそこに足を止めていたかわからない。気付けば太陽は遠くで連なる山の向こうに姿を消していた。辺りは急速に夜を迎える準備をし始めている。

僕は踵を返して、空腹を訴え始めた腹を満たすため、満たされた気持ちですこしずつ丘を下った。さて、明日は何をしよう。僕は無事にトルコの大地で一歩を踏み出した。旅はまだまだこれから。

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