カッパドキア、のらりくらりと波瀾万丈(トルコ旅2012その2)

カッパドキア、のらりくらりと波瀾万丈(トルコ旅2012その2)

旅は順調に続くはずだった。はずだった。そう願っていた。

パスポートをなくしました。

何という過ちだろう、トルコでの旅が始まってから3日目でパスポートを紛失。何という体たらく。どうして。バイクを借りるときにパスポートを渡すのだけれど、それを返したときに受け取ったところまでは覚えている。確か右手に持ってそのまま宿に戻ってベッドにぽいって投げた気がするのだけれど…気のせいだろうか…。絶対に?と言われると自信がなくなる。パスポート、現金よりもパソコンよりもある意味海外において大事なものである。その管理が甘かった、といわれたら、うん、その通りだ。残念ながら否定できない。300回くらい反省した。でもどこかでまた見つかるだろうと密かに思っていた。バックパックのなかにひょっこり入ってたりね。意外なところから出てきたりだとか。

出てきません。

これでも結構探した。この間の記事で紹介したUFUK PENSIONの宿のオーナーと5回くらいバックパックをひっくり返して探したり、宿のドミトリーのベッドを全部どかして探したり。とにかくその宿のありそうな場所はすべてひっくり返したといっても過言ではない。彼は本当によくしてくれて有り難かったのだけれど、只管に探している間に「お客様の幸せは私の幸せだ」と訊いてもいないのにひたすら彼の哲学を延々と延々と繰り返し説明してきて「ウン、オーケー、わかった、有り難いよ」と若干辟易もしていたけれど。オーケーわかったよ。それに引き換えパスポートは出てこないよ。わからない。

パスポートなんて盗ったところで、そんな普通の人間だったら使うすべないし、どうするんでしょうね。とか思うけれど、実際のところ日本のパスポートはこの間発表された世界パスポート自由度ランキングだと5位にランクインするようだ。闇市場では高値で取引されるという。まさかね。まさか。

宿にはないということが分かったので、なくす直前に借りていたバイクレンタル屋から宿までの帰路の途中で落としたのかもしれないと思い、バイクレンタル屋から連なっていて心当たりのあるお店にひとつひとつに、「パスポートなくしたのだけれど…」と確認しにゆく。

バイクレンタル屋は確かにお前に返した、俺もそれは覚えてると言う。その隣のレンタル屋は僕の説明を理解してもらえず、「お前うちでバイク借りたっけ?」とか言っている。何度か足を運んでいた土産屋のオーナーのムスタファは、見なかったけど、「可哀想に…大丈夫か…これ買わないか…」と言う。その隣のレストランのスタッフはそっけなく知らない、短く答える。

一度お邪魔していた3TL(135円)でケバブサンドが食べることのできる店のおっちゃんは「大使館にいけ!そして…」と詳細に説明してくれた。どうやら彼も昔タイに旅行にいったときにパスポートを紛失、と同じような境遇を経験していたらしい。「あ、というかすぐそこに交番があるからそこに行ってみるといいよ。」

とりあえずいわれた通りそこのギョレメにある交番(ジャンダルマ)へ向かった。土曜日に訪れたときは警官はいなかったのだけれど、日曜日になってまたいってみたらいた。中でふたり制服をきたトルコ人が談笑している。

そのなかへ申し訳なさそうに分け入ってゆく。パスポートをなくしたんだけど…。

一応話をきいてくれることはきいてくれるのだけれど、ぜんぜんやる気が感じられない。ジュースとかすすめてくれたけれど。オフィシャルな紛失届みたいなのもくれ、といったら今はないからまた夜に宿まで届けてくれる、ということでその日は帰る。

まあ、案の定来ないですよね、はい。待てど暮らせどくる気配はなさそうだったので、ああ、やっぱりそうだよね、やる気なさそうだったものねと諦めた。再訪してもその交番空になっていることばかりだし。
そしてその頃泊まっていた宿、UFUK PENSIONは予約で一杯だということで、追い出される。パスポートもどうやらこの宿にはもうなさそう。一緒に泊まっていた先輩と共に新たな宿を求めて三千里。

GULTEKIN HOTEL(ギュルテキン・ホテル)というところに落ち着きました。ドミトリー朝食付きで1泊20TL(900円)。ここの素晴らしいところはとにかく清潔。UFUK Pensionのように洞窟ホテルでパンツに砂が入ってくるようなこともありません(ウフクもいいところだけど)。そして何より、朝ご飯のバラエティが素晴らしい。朝はトルコ定例のバイキング形式なのだけど、フルーツからヨーグルトからかなり豊富な種類取り揃えているのでおすすめです。宿のテラスからの眺めもいい。

こうして、パスポートをなくしたあとも毎日のらりくらりと特になにをするわけでもなくカッパドキアにてのらりくらりと暮らす。チャイでも飲みながら。

そう、チャイなんですよチャイ。トルコ名物、トルコチャイ。

実際チャイなんてどこにでもあるけれど、たとえばインドのチャイとは違ってミルクは入っていなくて、どちらかというと紅茶にちかい感じだとおもわれる。おもわれる、というのは僕は紅茶が好きではなくて普段から滅多に飲まない。というか、飲まない。から判らない。
にもかかわらず、このチャイはトルコでどこにいっても出されて(たとえばホテルで、レストランでチャイサービスがあったり)、チャイ屋みたいなところもあるし、どこを見てもとにかくトルコ人は老若男女問わずチャイばかり飲んでいる。
そのせいで最初はすこし抵抗のあったチャイも、旅の時間が経つにつれ段々慣れてゆき、旅終盤にはチャイがないとだめだ、って思うくらいチャイが大好きになり、自分からチャイ屋に通うなりで1日10杯くらい飲むこともあった。1杯、チャイ屋だと安ければ50クルシュ=0.5TL(20円)から、ちょっと高いところだと3TL(135円)くらいで飲める。

ただしトルコ人はもっとすごい。人によるけど、多い人だと1日50杯くらい飲むひともいるらしい。50杯って。そんな過剰な量のチャイを日常的に摂取していたら健康にもいいはずがなく、実際トルコ人の中高年の大半がおなかがぷっくりと出ているのだけれど、その肥満の原因はチャイといわれている、とか。納得。

というのも写真の通り角砂糖を2個いれるのがお決まりになっているようで、それを50杯とか飲んでいたらまあそりゃ太りますわ。
でも確かに砂糖をいれなかったら渋すぎるし、1個でもまだ渋いし、3個以上入れると甘くなりすぎる。だから2個というのは絶妙な量だと思う(俺は5個入れるんだ、っていうトルコ人と一回会ったけど、やつは頭がおかしい)。

多くのトルコ人のおっちゃんは、チャイ屋みたいなところに集まって、チャイを飲みながらトランプやOKEY(オケイ)と呼ばれるトルコ式麻雀を嗜んでいる。僕はルールを覚えなかったからプレイしなかったけど、麻雀よりはルールが簡単らしい。次回はぜひやってみたいものです。

しかしそれにしても、どの都市でも1日中「お前ら仕事しているの?」と思ってしまうくらい彼らは平日も休日もずっとチャイを飲みながらオケイをやっていて、これでやっぱりお金をかけてやっているのかなあ、と思って聴いてみたらそのグループは敗者一人が全員分のチャイ代を払うということにしているらしい。へえ。しかし仕事はどうしたのだろう。さっぱりわからない。

こうしてのらりくらりと暮らしていたら、いつのまにか最初に探しまわった店のおっちゃんたちがみんなその前を通る度に「おい、お前パスポート見つかったか?」と声をかけてくれるようになってくれた。

その度に「いや、それがまだなんだよ…」というとまあこのチャイを一杯飲め、みたいなかんじで徐々に仲良くなってゆく。なんだか知らないけれどパスポートをなくしたおかげでそこら中で友達ができた。ギョレメの街を歩くだけであちらこちらから声がかかる。

なかよくなった土産屋の、笑顔の素敵なムスタファは毎回なにかを売りつけようとしてくるのでこちらも負けじと中国でホテルに備え付けてあったのをもってきた室内スリッパとかを売り返そうとしていたりと、まあなんだかんだで楽しい日々を過ごす。パスポートは見つからないけど。見つからない。警察からも音沙汰がない。

見かねたトルコ人のひとりが、「町内放送ができる」ということを教えてくれた。え、あのいつも定刻になると街中に大音量でイスラム教のコーランが流れてくるやつ?どうやらそうらしい。そんなものをいち旅行者ごときが使えるのか。

トルコ人に連れられ町役場へ赴く。「パスポートをなくしたから町内放送をさせてほしいんだ」といったら即座に「わかった、ついてこい」と言われ気がつけば放送室のマイクの前に座らされていた。
「じゃあスイッチオンにするから、準備はいい?」待て待て待て。ぜんぜんよろしくない。必死に制して台本をすこしだけ書いて不十分な準備のまま英語でマイクに語りかける。その後日本語で。

さらに、例の先輩は韓国人とのハーフで韓国語もぺらぺらなので韓国語で話してもらう。

さらにさらにトルコ人の町役場で働く人にもトルコ語で話してもらう。

4カ国語の町内放送とは何とまあ豪華なのだろう。僕はいいたくなかったのだけれど先輩に唆されパスポート見つけたひとには100リラ(4500円くらい)を与えるという懸賞金も掛けてしまった。まあなくして再発行とかに比べたら100リラなんてぜんぜん痛手ではないのですけれども。
本当に音鳴っているのか?とちょっと疑問に思いつつも、宿に戻る最中に会った同じドミトリーに泊まっていた方々は「よく聞こえたよ」というのでたぶんきっと聞こえていたんだと思う。しかしそれにしても日本ですらやったことがないのに、トルコきて間もなく町内放送なんぞをやることになるとは思ってもみなかった。旅は本当にわからない。

案の定、というべきか、まあそれでもしばらく待ってみても音沙汰がない。紛失届もやってこない。どうやらあの小さな交番にはなさそうなので、警察に電話をしてどこにゆくべきか教えてもらった。157、日本と同じように公衆電話からタダで電話が警察に掛けられます。何とか事情を説明したところ、僕がいたギョレメの隣のネヴシェヒルという街に大きな交番があるからそこに来い、そしたら紛失届も渡す、ということに。

ネヴシェヒルはカッパドキア初日にバイクでブンブンしたときに通ったのだけれど、今回はそこまでバスで向かう。大体2TL(90円)くらいだったっけな。あまり覚えていないけれど。バスを降り警察署へと道をひとに聞きながら何とか辿り着く。

ネヴシェヒルの警察署。うん、何かちゃんとしているっぽい、ここならばきっと紛失届貰えるはずだ、何かしら策が取られるはずだ、と希望を胸に入る。日本人がくるのが稀でジロジロいろんなひとにみられるけれど(観光地以外はどこいってもそれが普通だけれど)事情を説明し、とある部署に通された。

そいつに事情を説明して紛失届をくれ、というと「ムリだ、ここでは渡せない」と言う。どういうことなの?え?早々にあしらわれそうになり、僕はここまでわざわざ電話で言われたからやってきたのに、と猛反発しても頑に首を縦に振らない。どうやら紛失届を貰うには僕はまた別の数キロ離れた街に行かなければならないようだった。恐ろしいほどにたらい回しされている。

これが腐敗したトルコの警察の現状か…!とか思っていたらどうも違うらしい。何でも、トルコには日本の警察署/交番の区別と同じようなノリで、刑事事件やら殺人だとかそういう事件を扱うPolis(ポリス)と、日本の交番のようにその区域の自治を行うJandarma(ジャンダルマ)の2種類あるらしい。
僕がいまいるのはポリス。パスポートの紛失だとかそういった用件はジャンダルマに行かないといけないらしい。ちなみにその前にギョレメにいたときに尋ねたのはジャンダルマなのだけれど、そこは小さいからその隣町のウチヒサルというところにあるジャンダルマに行けとのこと。

僕はもうパスポートはほぼ見つかるのは諦めてただ再発行のために紙切れ1枚が欲しいだけなのに、それでこんなにあちこち行くハメになるとは…。旅始まってばかりにしてもうやれやれ、と言う感じだった。しかし同時にそれを楽しんでいる自分もいた。だからあまり慌ててはいなかった。何とかなるさ精神。

そのままバスに乗ってウチヒサルのジャンダルマへ向かう。もうなんかこのパスポートをなくしたという説明の過程、すごくなれてきた。カッパドキアのひとはその観光地という場所柄上か、結構英語を喋れるひとが多くジャンダルマにも幾人か英語が流暢なひとがいる。
今回も説明して、紛失届をくれ、というと「いまは渡せないから宿に夜に届けにゆくよ」と言われた。え、またですか…。前回と同じ展開なのだけれど何なんだ、どうせまたいつまでたっても紛失届を持った警官はやってこず、僕は永遠に紛失届を手に入れることはできないのだろうか。何という不条理。だれがパスポートなんて無くしたんだ(お前だ)。

一応探してくれるといったので、しぶしぶ引き下がりギョレメまで戻ることにした。バスに乗るお金をケチってヒッチハイクででもギョレメの宿へと戻ろうと思っていたらば、いつのまにか変なところに迷い込んでいた。
ウチヒサルは中央にウチヒサル城というものが立っていてその周りは谷になっているのだけれど、ギョレメの方へ下っているとおもって周囲の景色に気を取られていたら確かにギョレメのほうの方向にいっているようだがすごく山道になっていて。

まあこんなもの光景が普通にあるのだから興味もってどんどん見てゆきたくなっちゃうじゃないですか。仕方がない。仕方が。気付いていたらいま来た道を引き返すにもあまりにも谷の奥深くにはいってしまって、それでもこの先は通行できるのかと途方に暮れていたところ欧米人女性2人組に出会う。山の中で。

「あなたは何をしているの?」「うーん、たぶん、僕は迷子になっているんだと思う」「私たちもよ」
ということで意気投合。彼女たちはフランス人で同じようにギョレメにいけるのかとおもって降りてきたら迷ってしまったと言う。心強い味方(そして美人)と共にとにかくその道を信じてすすむことにした。

いや、もうこんな道ですよ。アドベンチャラスすぎます。美人なフランス人女性2人組と一緒なのでいいんだけども、これほどまでフランス語が流暢に喋ればなと思ったことはなかった。長らく燻っていたフランス語学習に対するモチベーションになる。とまあ会話しつつで足をすすめること1時間あまり。まだまだ道は続きそうで、途中で違った道をいってしまったりとかするも何とかギョレメに近づいているという実感はある。がどうやっていくのかわからない深い谷。そこでオッサンに出会った。

どうやら彼がギョレメへの道へと案内してくれるらしい。早速彼を先頭にまた歩みをすすめる。その道といったらもう、アップダウンも激しいし途中で人ひとり通るのがやっとな真っ暗な洞窟を壁伝いですすむし、こんなはずじゃなかったのにと半ば後悔しつつもまた1時間あまり歩くと開けた場所に出た。なんかある。

なんだこれ。TEA GARDEN…?こんな山奥でTEA GARDENなんか出して何がしたいのかさっぱりわからないし、飲んでいけよといわれたけれどやたら怪しかったので丁重にお断りする。するとオッサンがここまで案内してやったんだからいくらか金をよこせ、と言ってくる。しつこいので、確かに助かったし、ということで1TL(45円)だけ渡しておさらばした。怪訝な顔をしていた。またいつか機会があったら君のTEA GARDEN、ゆっくりいくよ。こちらは急いでいるのだ、もうすぐ日暮れ。日暮れ前に可及的速やかに谷を抜けなければならない。

そこからまた1時間くらい歩いた。3時間も歩いた。飲み物をなにも持たずに歩いていたので、途中でフランス人に水をもらわなければ渇きで死んでいたかもしれない、「飲むもの持たずにこんなところ歩くなんて自殺行為よ」と言われた。確かに。

しかしながらやっと、やっとこさギョレメの街に到着。こんなはずじゃなかったのに謎の達成感。フランス人たちとは感動のお別れをして宿に戻り、あまりの疲れでその日は早く就寝。夜の間に紛失届とか言ってた気がするけど、もう知らない。お休み。

朝。

いつものようにぼちぼちと日がすこしだけ高くあがったころにベットからもそもそと這い出て、いつものトルコ流バイキング式朝食を頂きにテラスへ。同じドミトリーの人がアメリカ人のおばさまと朝食をともにしていたのでそこにお邪魔する。朝食を取りに向かうとUFUKと対照的なGULTEKINの無愛想なスタッフの男の子が僕に声を掛けてきた。

「これお前のか?」

と彼は何やら手元の見覚えのある青いものを差し出してきた。

「え?え?え?」

寝起きの眠気も吹き飛んですぐさま彼から手渡された青いパスポートを開いて確認する。

間違いない。

これは僕のです。僕のパスポートです。

5日間くらい只管に探し続け、宿をひっくり返し、街中に訊いて回り、友達ができ、町内放送までして、警察にたらい回しにされながらも探していたパスポートです。

一気にテンションがあがる。ウオーーー!と叫び出していたかもしれない、無愛想のスタッフの男の子にありがとう!と叫んで抱きつく。彼もそのときばかりははにかみ笑いをして全力で照れていた。

パスポートなくなっている間もある程度愉しんでいたことは愉しんでいたし、「旅の醍醐味は想定外の出来事」とかいう通りパスポートがなくなったお陰で友達ができたりいろいろといいことはあったのだけれども、それでもぜんぜんパスポートなんて無くなってほしくなかったし、なんだかんだいつもそのことが気にかかっていたわけで、そういうモヤモヤが一気に解消された、そのときの爽快さといったら筆舌に尽くしがたい。

そのままの興奮で食卓で朝食を頂いていたドミがおなじのひととアメリカ人おばさんに伝える。
「見つかったよ!」そうしたらばアメリカ人おばさんは「Whhowwho~It’s a miracle! whoowowo~~!」となぜか僕並みに喜んでいた。彼女がミラクルというんだからたぶんミラクルなんだと思う。

しかしながら、あれだけ探しても出てこなかったパスポートは結局一体どこにあったか、というのが結局わからないまま終わった。
訊いてみると昨日にいったウチヒサルのジャンダルマのひとが紛失届の代わりにどこかでパスポートを発見してその夜のうちに持ってきてくれていたようなのだけれど、宿のスタッフの彼はどこにあったのか警察は言わなかったという。

後日御礼も兼ねてジャンダルマにいったけれども、そのときは誰もいなくてあえなく帰った。ジャンダルマ、人がいないことがしばしばで困る。また尋ねようかとも思ったけれどもういいかな、と。

すなわち迷宮入り。一体どこにあったのか見当もつかない。誰かが拾っていてどこかに届いていたのだろうけれど、思い当たるところは毎日足を運んでいたわけだし、もうなにがなんだかわからないけど、とりあえずいえるのはジャンダルマさん最高ですなめていてごめんなさい、ということと見つかって本当によかった、ってことくらいか。結構終盤は見つかるの諦めていて、紛失届を貰ってから大使館やらにいって再発行とかどうしよう、スケジュールどうしようとかぼんやりと頭の隅っこで考えていたりもした、その一方でどこかで見つかるかもしれないとか淡い期待を抱いて楽観的だったのも確かだけれど。

賞金の100リラも払わずに無事そのまま見つかったらまあ結果オーライだろうか。身が軽くなる。

お世話になった街のみんなに「パスポート見つかったよ!」っていう報告に回る。すごいみんな喜んでくれた、ケバブ屋のおっさんも、お土産屋のムスタファも、レストランの兄ちゃんも、一緒によくチャイを飲んでいたじーちゃんたちも、町内放送をしてくれた役所のおっさんも、バイクの後ろに乗っけてくれて探しまわってくれたおっさんも、服屋の美人なねーちゃんも、バイク屋の恰幅のいいおっちゃんも。そこで調子に乗ってまたバイクをレンタルした。

「パスポート、渡してくれる?大丈夫、俺はどこかのアホな日本人とかとちがってパスポートもしっかり管理してるしなくしたりしないから安心しろ(笑)」

最高だお前ら。

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3 Comments

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