1年間の海外留学を終えて——フランスで諸諸と出合ったことについて

1年間の海外留学を終えて——フランスで諸諸と出合ったことについて

かつての僕はなにを思っていただろうと思いを巡らすとき、ブログというメディアがあるのは非常に便利だ。日記もつけているので、もちろんそちらも参照することは多々あるのだが、ブログの記事という形である程度まとまった思考にいつでも立ち返ることができるのは間違いなくブログのひとつのすぐれた点と言っていいだろう。読み返しながらその内容に恥ずかしくなって死にたくなることがほとんどだが(ほんの一日前に投稿したそれに対してもしばしば起こる)、たまにだけれど意外といいこと書いているじゃないかと自身で驚くこともある。そういう思考の軌跡がひとつの人目に曝されている場所にログとして残っていってしまうというのは残酷な話では…

ブルキナ日記 #03|月明かりに照らされて

ブルキナ日記 #03|月明かりに照らされて

いつものキオスクで、たわいもない話をしていると、急に停電が起こった。べつに珍しいことではない。停電なんてもはや日常茶飯事だ。いつもと同じように、街灯や建物の電灯たちはほんのすこしの間隔を空けながら次々と消えてゆく。僕たちは口々に「ああ、またか」と呟く。 少しして街じゅうが暗くなったであろうと思われたころ、僕は背中のほうから青白い光が差していることに気づいて、思わず振り返った。ひとつだけ電灯の光が停電を免れたのか、まさかそんなはずはという思考が一瞬頭をよぎるも、すぐにそれが間違っていたことを発見する。 満月だった。すこしも欠けていない真ん丸の満月が、燦々と照っている。月の光はこれほどまで明るいも…

MY 10 BEST MOVIES OF 2014

MY 10 BEST MOVIES OF 2014

かつては年間ベストなんてものを悠々と公開するなぞそんな恥ずかしいことはないと思っていたが、いざやってみると楽しくて仕方がなかった。どういう観点で順位をつけるかによって結果がまったく変ってくるので暫くどうするべきか困っていたのだが、「映画体験」としての価値ということを軸に考えておいてみた。なぜお金を払ってまで映画館へと足を運んで、スクリーンで映画を観るのか。その問いに答えてくれるような映画を選んだつもりである。というわけで、2014年にスクリーンで鑑賞した新作映画ベスト10と旧作映画ベスト5。 なお、9月末から滞在しているブルキナファソという小国は世界の映画産業とほとんど切り離されているために、…

カフカの〈リアリティ〉に酩酊する(あるいは保坂和志『小説の自由』について)
  • 2014/11/23

カフカの〈リアリティ〉に酩酊する(あるいは保坂和志『小説の自由』について)

机のうえに、一塊の大きなパンがあった。父がナイフをもってきて、それを半分に切ろうとした。ところが、ナイフはしっかりしていてよく切れるし、またパンは柔らかすぎも固すぎもしないのに、ナイフの刃がどうしても通らない。ぼくたち子供はびっくりして、父を見あげた。父はこう言った。「おまえたち、なぜ驚くのだね。なにかが成功するほうが、成功しないより、ずっと不思議なことではないのかね。さあ、もうおやすみ。たぶん、なんとかうまくやれると思うから」  ぼくたちは寝床に入った。しかし、ときおり、夜幾度もまちまちの時刻に、ぼくたちのだれかがベッドのなかで起きなおり、首を伸ばして、父を見た。背の高い父が、いつもの長い上…

ブルキナ日記 #02|チョコレート・アンド・コーヒー・アンド・シガレッツ

ブルキナ日記 #02|チョコレート・アンド・コーヒー・アンド・シガレッツ

3枚入りの板チョコを買った。近所にあるちいさな商店で冷蔵庫のなかに見窄らしく隅に追いやられているチョコレートの包みを視界の端に捉えて、そういえばチョコレートなんて贅沢品をこの国に来てからまだ一度も口にしていないなと半ば衝動で手に取った。レジに持っていくとテレビから目を離そうとしない店員に1000フラン(およそ200円)と怠そうに言われて一瞬購入を躊躇うが、そのまま衝動に身を任せて買ってしまった。日本でも板チョコ3枚って同等の200円くらいで買えてしまうよなあと、ずっと長い間放置されていただろう薄汚れたパッケージに納得する。たとえばブルキナファソの隣国のガーナは日本でも「ガーナチョコレート」の名…

美を欲望するということ。Marguerite Kelsey、5月、倫敦

美を欲望するということ。Marguerite Kelsey、5月、倫敦

「この絵を僕のものにしたい」とはじめて切望したのは、ロンドンのテート・モダンでMeredith Framptonによる“Marguerite Kelsey” (1928)のポートレイトを目にしたときだった。閉館まであまり時間がない中、美術館の膨大なコレクションをなるたけ多く目にしてやろうという魂胆でわりかし急ぎ足で館内を回っていたのだが、この絵を視た瞬間に足が止まった。それからしばらく、この絵から——あるいは、この絵に描かれたMarguerite Kelseyから——目が離せなくなってしまったのである。 いまでもこの絵をこうして見るたびに美しいと思わずため息を吐いてしまうのだが、なぜとりわけこ…

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